第8回小説好きのための読書会レポート!

 もうすっかり春ですねぇ。 

 春すぎて桜散っちゃってました今回の「お花見読書会」ですが、4月14日は雨だ雨だと予報されながらも、奇跡的に晴れるというちょい寒小春日和のもと「みんなお外で新緑読書会(仮)」という形で開催することができました! 

 たくさんあるよ今回は!事件がたくさんありますよ! 

 ということで近頃はアニメ「ゴールデンカムイ」と「内村さまぁ~ず」が何よりの楽しみなコウイチです! 

 いや小説読めよって話なんですけれども、そんなことはさておき、冒頭でも触れましたが「おい、桜はどこだい?」ってな感じで僕らが想像した風景とはほど遠く、もう5月かな?ってぐらいに生命力溢れる若葉が木々を覆い尽くしていて、さらにちょい寒い、いでよ太陽。

  「中野四季の森公園」での開催は、初回以来なんと7ヵ月ぶりだったんですよ?たった3人で始まったこの「小説が好き!の会」の思い出の地!いわば成長したこの会を引き連れてのリベンジマッチ!なのに今年に限って開花宣言早すぎません?

  でもまぁ雨で中止という最悪の事態を免れたことは良かったですね!
というかね、ぶっちゃけ関係ないのよね。人が集まれば結局盛り上がるのよこの読書会。桜があろうが無かろうが、盛り上がりに関して影響は皆無!むしろ「桜ねえじゃん」つって最初の話題として上手く使いこなすポジティブ思考!皆様さすがッス!

  つー訳で、約20名を引き連れて帰ってきた来たぞ四季の森公園!
気温的にはちょい寒だけど、熱いトークとお酒パワーで大盛況でした! 

 そして今回は、いつもの読書会とちょっと違って「シャッフル交換会」という新たなルールを採用!
5人グループを作って貰って互いに小説の紹介をした後に、くじ引きでどれが自分のものになるのかわからないという、ドキドキワクワク要素を入れてみました。

 あれですよね、前回の交換会で欲しい小説が被ったら、じゃんけんで貰う人を決めるというシンプルルールで、大の大人がアホみたいに盛り上がったのでこれは行ける!ってなったんでしょうね。ほら、小説読んでる人って感受性豊かだから(偏見)。 

 今回紹介された小説も下の一覧でチェックできます。早く見たい人はレポート部分飛ばしちゃってください、俺に構うな先に行けぇ!

 一覧を見ていただければなんとなくわかると思うのですが、癖がスゴい!なにこのラインナップ!?会を重ねるごとに持ち寄られる小説が濃くなってませんか?僕みたいなゆるふわ読書家はリアクションに困ることが多々あります。だって「それ読んだことないです~」とかじゃなくて「え、誰それ?」から入るんですもの! 

 これが小説が好き!の会の特色でもあるのでいいんですけどね!

 毎回掲載される紹介された小説一覧を見て、参加を躊躇されてる方がもしいるのならば、そんなの気にせずお越し下さい。僕とゆる~くノベトーークしましょう!

  交換会の前後ではフリーノベトーークの時間も設けました。その日初めて会う人同士が、まるで旧友のように(言い過ぎ?)楽しくおしゃべりしている姿は見てるだけでも楽しくなっちゃいますよね。参加すればことさら楽しいのですが、ふとトイレなんかに行った帰り、20人の社会人がブルーシート広げてワイワイガヤガヤしている光景は、遠目から見るとカオスでした(笑) 

 たぶん僕が参加者じゃなければ「なんだあの集団?大学生かな?新歓かな?」と思ったことでしょう。桜もないのに昼間っから酒盛り、冷静に怪しさしかなかったです。

  さてさて、今回のシャッフル交換会は、各自なにかしら持ち込み参加ということで、アルコールやお菓子、おつまみが山のように持ち込まれました。どれもみんな美味しく頂いたのですが、撤収の際になぜか僕のところに余り物が集まるという不思議現象などが起こったりして、僕がちょっとずつ配って回る、あるいは食べるという事件も勃発しましたね。最年少の扱いが雑ですよ!気を付けましょう。 

 日も傾き始め、さすがに寒くね?となった頃「じゃあそろそろ一回締めます」というのは「そろそろ二次会行こうか」の合図です! 

 二次会は近場にあった「串カツ田中」さん。ほろ酔い気味の団体が急に押し掛けてしまって申し訳ないです。
半数以上が残った二次会で、やはりノベトーークは続きます。小説と関係ない話もたまにちらつきます。 

 この二次会ではジョン・ウィリアムスの「STONER」談義が白熱していた模様です。僕は未読だったので蚊帳の外でした。最近この読書会で流行ってるんですよねSTONER。主催のダイチさんもはまったらしくて、その談義の様子を書き起こした記事もこのホームページに載せちゃうぐらいです。

 あと、次回の読書会でSTONERを課題本とした特別コーナーを作るっぽいですね。こんなごり押しされたら読むしかねーなぁ。ずっと気になっていたので次回までには僕も読んでおきたいと思います!気になる方はチェックを!! 

 最後に今回最大の事件のご報告をさせて頂き終わりたいと思います。
二次会もお開きとなり、参加者の皆様が各々帰っていくなか、主催のダイチさんを含め男四人でさらに呑んだのですが、昼間から呑み続けているダイチさんが泥酔してガチで周りが心配するという……フラフラになりながら帰路に着くダイチさんを見送る心境は今でもハッキリと覚えています。
後日、連絡すると無事に家まで帰れたそうで一安心しました。ただ、三次会の記憶はほぼないとか……お酒って怖いよぅ。


 紹介された小説たち!

「仔羊たちの聖夜」西澤保彦

「昨夜のカレー、明日のパン」木皿泉

「ペンギン・ハイウェイ」森見登美彦

「星か獣になる季節」最果タヒ

「短劇」坂本司

「刻まれない明日」三崎亜紀

「歩道橋の魔術師」呉明益

「わたくし率 イン 歯ー、または世界」川上未映子

「すぐそこの遠い場所」クラフト・エヴィング商會

「何もかも憂欝な夜に」中村文則

「深夜プラス1」ギャビン・ライアル

「暗夜行路」志賀直哉

「夢を売る男」百田尚樹

「玩具修理者」小林泰三

「昨日」アゴタ・クリストフ

「服従」ミシェル・ウエルベック

「烏には単は似合わない」阿部智里

「天空の蜂」東野圭吾

「ミスミソウ」黒史郎

「センセイの鞄」川上弘美

「東京23話」山内マリコ




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先日、LINEが入った。「ワイルドカードをお願いします」

 レポートを毎回お願いしているコウイチ氏からだ。二回目の読書会から(強引に)レポートをお願いして、三回目から(無理にでも)小説風にとお願いしてから、なぜかレポートに毎回小説がつくようになり、コウイチ氏の勢いに任せてきたが、今回は間に合わないらしい。そのことでLINEをやり取りしているときに、偶然にも私が以前書いたとても短い小説が出てきた。「もし間に合わないようであるなら、これを使うよ」と軽い気持ちで言ってしまい、まあ、もうこの文章をお読みの方はお分かりでしょうが、そういうことです。なぜかコウイチ氏が「ワイルドカード」と読んだ小説のお披露目です。

 ワイルドでもウノでもなんでもない小説ですが、コウイチ氏が作ったこの恒例を崩さないためにも、掲載させます。

 ちなみに書いたのが2008年となんと10年前。驚き。しかもこの小説は息抜きで書いたもので、当時は別に書こうとしているものがあったようで、それは本気で書いて賞に応募しようと思っていたことが、この小説と一緒に出てきたメモ書きから発覚しました。ちょっと震えました。そちらは高校の演劇部を舞台にした青春小説。イメージの中では最高の出来だったことを思い出しました。イメージの中では。いつの日か書くことがあれば…

 余談はここまでにして、ご興味がある方(コウイチ氏だけでないことを祈る)はどうぞ。最初で最後かもしれない、主催者ダイチの小説掲載です。


『静かな夜』

side A


 静かな夜だった。もちろん、店内にはBGMが流れている。しっとりとしたジャズが、誰も座っていないカウンターを滑っていく。音楽が存在を主張すればするほど、静けさは強調されていくようだ。ワイングラスを拭きながら、私はそんな静けさに同調していく。

「静かな夜は誰かを泣かせている」

 静寂を感じ取ったときに、いつもこの言葉を思い出す。昔付き合っていた女性が言っていた言葉だ。その言葉自体も、どうやらどこかの小説から取ってきたものらしい。彼女は夜中電話してきて、何度かその言葉を携帯電話越しに吹き込んできた。「だから?」と聞くと、「だからって、あなたが泣いているかと思って」と決まって彼女は答えた。そんなときに、ぎゅっと耳に携帯を押し付けて、彼女側の音を聞こうとする。部屋にいるのだろう。何も聞こえてこない。彼女の息が控えめに漏れる音が、ただ鼓膜を震わせた。泣きたいのは、彼女なのかもしれない。そう思って、そんな日は無理にでもどうでもいい話を引っ張ってきて長い電話をするようにしていた。

 彼女とは些細なことで別れた。もはや、なんてことはない。けれどもこんな静かな夜は彼女のことを思い出して、そして追悼を捧げる。彼女は二年ほど前に死んだらしい。共通の友人伝手に、そう聞いた。事故だったらしい。葬儀にはいかなかった。彼女は結婚していたのだ。

 静かな夜は誰かを泣かせている。

 彼女が死んだあとの夜を、彼女の夫は泣いて過ごしたのだろうか。

 そんなことまで考えてしまう。言葉にはしがたい重い感慨が、胸に立ち込める。

 吹き上げたワイングラスを棚に戻す。他のワイングラスと軽くぶつかり、鋭い音を上げる。それさえも、静寂を強調していく。

 タバコを取り出して火をつけた。営業時間中は極力吸わないようにしているが、客なんて誰もいない。長い間、店を構えているが、時折こんな夜がある。壊滅的に客入りが悪く、他の従業員は電車が終わる前に上げてしまう。地下のバーなので、窓もなく外の様子もわからない。営業時間は朝までなので、薄暗い店内で一人ジャズを聴く羽目になる。そしてそんなときに、彼女のことを思い出してしまう。

 タバコの煙を吐き出した。白い煙が、天井から降る照明に染まって、薄く黄色に濁る。時計を見ると、ちょうど日付を越えたあたりだった。電車を逃した客が来るかもしれないが、それも今日は月曜日なので期待はできない。

 気づくとタバコが短くなっていた。灰皿に押し付けながら、あと一時間営業して客がこなかったら、今日は閉めようと思った。

 発注業務しようと酒の在庫の確認をしようとしたら、カランカランと音がした。

 入り口を見ると、スーツ姿の男が立っていた。見覚えのある顔で「おや」と思った。月に何度か恋人か友人と来てくれる。けれども、一人での来店は始めてだった。名前は知らないが、恋人からは「タカ」と呼ばれていた。仲が良さそうに、次々と二人でグラスを空けるカップルで印象に強く残っていた。歳は25歳くらいだろう。学生のころからこの店に出入りしていた。

「いらっしゃいませ」

「今日は終わりですか?」

 彼は他に客のいない店内を見回す。

「大丈夫です、営業中ですよ。今日は、まあ、暇なんですよ。カウンターでいいですか?」

「あ、はい」と彼は素っ気無く答えてカウンター席に腰掛ける。

「今日は一人ですか?」おしぼりを差し出しながら尋ねた。

「え?」

「いや、ほら、いつも誰かと一緒だから」と言いながら、おしぼりを受け取った手を見ると、いつもしていたペアリングがなかった。表情をみると、いつもの明るさが感じられなかった。なるほど。

「すみません、つまらないことをお聞きしましたね」

「いえ、別に、そんなことは……」と彼は口ごもる。

 さて、どうしようか。

 ここで話を聞きだすか、ただ別の話をして酒をひたすら飲んでもらうか。ナイーブな選択だった。

 どちらにしろ、もう少し様子を見たい。探りを入れることにした。

「いつも来ている女性とは別れたんですか?」

「え?」彼は驚く。どうして?と顔に書かれていた。

「いや、ほら、指輪」

「え? ああ。そっか」

 納得したように自分の左手を見る。

 付き合いは長かったはずだ。少なくとも三年以上。彼が学生のころから、一緒に来ていた。彼はもう五年ほど店に通っていてくれているが、初めてきたときは、別の女性を連れていた。

「今日はどうします? 何を飲まれますか?」

「そうですね……ウイスキーがいいかな」と彼は言ってから、「いや」とつぶやく。私は彼の顔を見つめた。別れた彼女を考えているのだろうか。遠い目をしている。

「ギムレットを」

 それは彼の恋人が好きだったカクテルだった。

 頼まれて、シェイカーを振り、出す。その間は二人は黙っていて、BGMだけが通り抜けていった。

 客がきても静かな夜だ。

 コースターの上に、グラスを置くと、彼は一口含み、次の瞬間には飲み干していた。空いたグラスを前に出す。

「次はウイスキーを」

「わかりました」

 にこりと微笑んで、私はウイスキーのボトルに目を走らせる。どれが失恋に効きそうだろうか。

 彼をちらりと見ると顔を伏せていた。泣いているわけではないだろうが、心は泣いているのかもしれない。

 やはり、静かな夜は誰かを泣かせるのだ。

 

side B

 月曜からの会議は気が重い。土曜日曜とようやく仕事のことが頭から出て行ったのに、無理やりにでも仕事に切り替えなくてはいけないからだ。どんなに内容が充実していようが、気が重い。

 だから会議が終わると、どこか嬉しくなる。ほっとして、資料を抱えたまま、自分のデスクに戻ると置きっぱなしにしてあった携帯が光っていた。着信あり、の色だった。

 開いてみると大学時代の友人からだった。一ヶ月に一度ほど飲み歩いている仲間だ。月曜から飲みの誘いだろうか。まあ、軽くならありだな、と笑みを浮かべながらリダイヤルする。

 コールすると、すぐに出た。

「おい、タカか?」

 出迎えた声は、どこか固いものがあった。不審に思って「どうした?」と聞く。

「聞いたか?」

「何をだよ?」

「理香子が死んだらしい」

「え?」

「俺もついさっき聞いたんだけど。どうやら、今夜通夜らしいんだ。行くか?」

「え、あ、うん」力なく答える。

「時間は? 今会社だろ? 何時に出れる?」

 相手は動転しているようだった。わけもわからず焦っているようだった。それは俺も同じだった。

 理香子が死んだ?

 

 待ち合わせを決めて、必要な作業だけ終わらせて会社を出た。喪服に着替えに帰る時間などなかった。

 電車のなかで不謹慎だと思って、していたペアリングを外した。

 ぼんやりと通夜に参加して、理香子が納められた棺おけを覗き込んだ。瞳を閉じた冷たい顔のその現実味のなさが、よくわからなかった。

 

「飲みにいくか?」

「……いや、いい」

 通夜が行われている場所からとぼとぼと歩き出すと、友人が誘ってきた。断って、「俺、あっちだから」と友人が進もうとしている道とは反対側を指す。俺も帰り道は友人と同じ道であったし、そのことも彼は知っていたが、察してくれたのか、「ああ、うん、またな」と言って去っていった。

 理香子が死んだ。

 一人残された路地で、反芻する。一人になると、怖くなるほど、静かな夜だった。近くの大通りから、絶えず自動車が走る音が聞こえてくるが、それらとは隔離され、フィルターのようなもので自分が覆われているような感覚に陥った。

 理香子が死んだ。

 けれども彼女が死んだということは、俺の中では何年も前のできごとだった。別れたあの日から、俺にとって彼女は死人で、一生会うことのできない人だった。友人も俺に彼女の死を告げるか迷ったのだろう。待ち合わせで会ったときから、通夜に参列している間、さきほど別れるまでも言葉は少なく俺の様子を伺っている節があった。

「静かな夜は楽しいことの前触れ」

 そんな理香子の言葉を思い出す。何か楽しいことが起こる前の静けさはその前触れなのだと言っていた。静かな夜に電話をしていると、彼女はそう言ってよく笑った。だいたいそういうときは次の日のデートの話をしているときで、わくわくしていたのだろう。俺もそうだった。だから電話を切って、ベッドの中で静寂に身を包まれても、寂しくはなかった。「静かな夜は楽しいことの前触れ」彼女は呪文のように繰り返していた。

 駅まで行って、とにかく電車に乗ると、学生時代からよく行くバーに足を向けていた。強い酒が飲みたかった。

 いつの間にか前まで来ていた。地下の店なので、薄暗い階段を降りていく。入ると、店には客は誰もいず、軽い顔馴染みの店長が一人でカウンターの向こうに立っていた。営業時間が変更になって、もう店を閉めたのかもしれない。

「いらっしゃいませ」

「今日は終わりですか?」

 ここにしたのは失敗したかな、もう他の街には移動できない。そう思って聞く。

「大丈夫です、営業中ですよ。今日は、まあ、暇なんですよ。カウンターでいいですか?」

「あ、はい」と俺はふらっとカウンター席に腰掛ける。なんだか店内に客が俺一人というのは居心地が悪い。

「今日はお一人ですか?」おしぼりを差し出されながら、聞かれた。

「え?」

「いや、ほら、いつも誰かと一緒だから」

 言われてみるとそうだった。確かに一人できたのは初めてだった。どうしてだろう、と考える。

「すみません、つまらないことをお聞きしましたね」

「いえ、別にそんなことは……」と口ごもり、考え続けると、簡単だった。単に一人で飲むのは寂しいからだった。

「いつも来ている女性とは別れたんですか?」

「え?」

 唐突な質問だった。彼の顔をまじまじと見る。

「いや、ほら、指輪」

「え? ああ、そっか」

 そういえば、ペアリングを外したままだった。今の彼女とのペアリングをしたまま理香子の通夜に行くのは気が引けて、電車の中で外したのだ。

 どうやら彼は勘違いしているようだった。俺が失恋して傷ついていると思っているのだろう。訂正するのが面倒だし、気が沈んでいるのは確かだったので、それについて何も言わないことにした。

「今日はどうします? 何を飲まれますか?」

「そうですね……ウイスキーがいいかな」と言ってから「いや」と動き出そうとした彼を止める。そういえば、まだ付き合っているときに理香子と初めてここに来たとき、彼女はギムレットを飲んでいたように思う。

「ギムレットを」

 自分なりの追悼を彼女に捧げよう。そう思った。

 彼がギムレットを作っている間に、ぼんやりと理香子のことを考える。昔付き合っていた彼女が死んだ。大学二年のときに付き合っていて、別れてからほとんど会うこともなく、最後に見たのが卒業式だった。もう三年は会っていない。いや、もう会えない。未練も何もないが、会う可能性さえなくなったことが、妙に胸に重くのしかかってきた。

 静かな夜だった。ここは地下で外の様子がわからない。店内にはBGMが流れているが、それが存在を主張することはない。彼と俺しか世界には存在していないようだった。「静かな夜は楽しいことの前触れ」そう言っていた彼女はいなくなってしまった。

 すっとギムレットが俺の前に出される。

 口に含むと、舌を刺激するアルコールが胸の痛みを取ってくれるわけではない。しかし、この酒をゆっくり飲むことで、さらに彼女のことを考えて気分が重くなりそうだった。ぐっとグラスを傾けて飲み干す。

飲んでしまうと、もっと強い酒が欲しくなった。

「次はウイスキーを」

「わかりました」

 彼は微笑んで背を向けて、並べてあるボトルを吟味し始めた。

 すると、ブルブルという振動音が響いた。カウンターの向こう側で、携帯が震えているのだろう。音だけではなく振動も伝わってくる。静けさを破っていくようだった。

 彼は携帯を持ち上げて見る。表情に緊張が走っていた。

「すみません、少し失礼します」早口で告げると、電話に出た。「もしもし、どうした? ……あ、うん、大丈夫かな。お客さん、一人。え? 次? そうだな、うーん、今週は無理かな……え? なに? いいの? 本当に? 冗談じゃなく?」彼の声は次第に興奮していった。「ありがとう。え? 嬉しくないのって? 嬉しいよ。でも今お客さんが……わかった、ちょっと待って」彼は一度携帯から耳を離して俺を見る。「すみません、ちょっと電話してきてもいいですか? そのあと最高の酒を選ぶので」と言ってカウンターから出て、店の外へ出て行った。有無を言わせない勢いだった。 俺はぼんやりと「あ、はい、どうそ」と言う。

 やがて帰ってくると、顔を上気させていた。

「電話、大丈夫ですか? どうしたんですか?」不審に思って尋ねる。

「いや、あの、その……お客さんには言いにくいのですが」と言って口ごもる。「実は、今恋人に先日したプロポーズをOKされました」



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小説が好き!の会 【小説に限定した読書会】

小説について話したい、でも周りに小説について話せる人がいない。うまく話せる自信がない、それでも好きな小説について話したい。 そんな人たちのためのくつろぎの場所、それが「小説が好き!の会」です。 小説というのは音楽や映画と違って共有することが難しいかもしれません。だからこそゆっくりと時間をかけて、好きな小説を読んで感じた何かを、少しだけ誰かに話してみませんか? 誰かの感じた何かに触れてみませんか?