第16回、小説好きのための読書会!レポート!

 迎梅の頃となりました。皆さまいかがお過ごしでしょうか。 

 こんにちは、レポート係のコウイチです。 

 ぼくの家、といっても賃貸のおんぼろアパートの一室なのですが、そのベランダから色鮮やかな立派な梅の花がみえるようになりました。まさしく迎梅の頃にふさわしい景色です。心なしか春の足音が聴こえてきそうで耳を澄ましてしまいます。 

 寒空の下、色落ちてしまった風景に、ぽっと小さな花が咲くだけで、春はまだかとふるえていたあの頃を懐かしく感じます。 

 ぼくの実家、それはもうド田舎すぎて逆に都会的な場所にあるのですが、その実家の庭にも梅の木がありました。春になるとそれはそれは美しい花を咲かせるのです。桃色よりも濃く赤色というには味わい深い、まるで紅生姜のような愛らしい梅の花。そこに小さなメジロが飛んできては、春の歌声を聴かせるのでした。 

 しかしですね。ともに暮らしていたぼくの祖父が不思議な人で、、、 

 やめときましょう、この話は。誰も幸せにならない……。 

 ってなわけで、

 『第16回、小説好きのための読書会!』無事開催できましたぁ~!ヤーマン!! 

 2月は番外編を、また1月も前年のベスト本の会をしたということもあり、何も手を加えずにやる通常会は、昨年の12月15日ぶりとなりました。約3ヶ月ぶりということになるんですね。
だからでしょうか、運営側の身としてはかなり肩の力を抜いて参加できたような気がします。抜けすぎてなかったですかね?大丈夫ですかね? 

 場所は秋葉原「BOOKS」さん、13時からの開催となりました。 

 早めに集合してくださった方はご存知かと思いますが、受付開始がバタバタしてしまいました。申し訳ない。裏事情を簡単に説明しますと、ライトノベルと、世界平和です。(笑) 

 参加者は総勢33名、約半数の方が初参加ということもあり、フレッシュな読書会となりました。社会的には年度末ということで、繁忙期をむかえる社会人の皆さまも多いと思いますが、貴重なお休みの日を読書会に使ってくださりありがとうございます。 

 我らが主催、ダイチさんの挨拶のあと、5つのグループに別れて読書会を開始。恒例の自己紹介トークでは「丸3日間、自分の好きなように時間を過ごせたらなにをするか?(積ん読本の消化以外で)」というテーマを設けてみました。 

 ぼくの知る限り一番多かったのは旅行でしたね。行きたいけど行けない場所というのは、皆さんあるみたいですね。 

 ちなみに最近ぼくは江ノ島に行ってきたんですよね。都心から程近く、日帰りで気軽に行けるのでおすすめです。

  江ノ島神社に続く道の途中、右側に路地があるのですが、そこを抜けると小さな入江と小さな防波堤がありました。人も少なくてちょっとした隠れスポットになっているので、ぜひ探してみてください。広大な太平洋を眺めながら音楽を聞いていたあのひととき。ぼくは限りなく海の一部でした。

  さて、自己紹介が終われば小説のお話、ノベトーーク!の始まりです。 

 今回もさまざまなジャンルや国、年代の小説が紹介されました。詳しくは「紹介された小説たち」のページをご覧ください。

https://syosetugasuki.amebaownd.com/posts/5876411?categoryIds=917475

  好きなもののことを喋るっていいですよね。しかも相手がのってくれるんだもの。普段友達とかに小説の話を熱く語って聞かせても「へ~」となるのが落ちですからね。なんだよへ~って、もっと食いついてきてくれよっ、こんなにも面白いのにっ! 

 これが読書会だと食いつかれすぎてビックリします。いたる所をがぶがぶきますからね。他のひとの熱量に圧倒されて「おおぅ」とつかのま冷静な自分が現れるほどに。でもすぐに「だよね、だよね。これ面白いよね!」って、人見知りのぼくでさえ初対面の人と打ち解けられるのです。すてき! 

 そんなこんなで食いつき食いつかれしてたら時間なんてすぐに過ぎていきます。時よ止まれ! そなたは美しいのにっ!!

  全体で各グループで紹介された小説を共有したあとは、グループ替えです。ノベトーークは基本的に2本録りですからね。 

 席を替わって新たなメンバーで小説を紹介し合います。メンバーが違うので、同じ小説を紹介してもいいし、もちろん2冊目を紹介してもOKです。 

 読書会開始から一時間半はたっているのに、小説が好きなんだという情熱は萎むことなく溢れつづけ、ゴングと同時にヒートアップが止まりませんでした。読書好きなひとは物静かなイメージ?そんなの嘘ですよ、騙されないで!(笑) 

 ちなみにですがこの『小説が好き!の会』、実は小説限定というわけではないんですよね。

 ビジネス書や自己啓発本的なものをNGとしているだけで、詩集や歌集、エッセイ、戯曲などはOKなんです。まあメインは小説なんですけど。 

 今回の小説コーナーにも、前回まだのせていなかった詩をのせようと思っていたので、余談でした。

  大きなトラブルもなく大団円のなか読書会は終了したのですが、もちろんこれだけで終わるはずもありません。希望者を募って二次会ですよね!これがないと終われない!(笑) 

 毎回お世話になっております『甘太郎』さんに大人数で押し掛けての飲み会です。甘太郎さん、毎度毎度申し訳ない。

  読書会の興奮冷めやらぬままにボルテージは上がりより深く、よりマニアックなノベトーークがあちらこちらで繰り広げられました。なんかもうアドレナリンやらドーパミンやらヘモグロビンがドバドバでわちゃわちゃしてました。楽しかったです、まる。

  なんかいつからかこの二次会までが読書会のオフィシャルという形になってますね。その後の三次会は無礼講ってことで無法地帯と化します。つまり運営側の人間も運営を放棄します。とりあえずお酒の弱いぼくは目の前に座っているひとをガン無視して少し寝ました(笑) 

 九州男児だからって酒豪と思うな。いつもの光景です、慣れてください。

  と、いうわけで、

  今回も楽しい読書会となりました。参加して頂いた皆さま、改めて誠にありがとうございました。 

 また、今回はチケットがすぐに完売してしまい、参加できなかったという皆さま、申し訳ございません。また次回お会いできることを楽しみにしております。 

 最近ではこの読書会の知名度が増してきたのか、毎回のようにチケットが完売となります。本当にありがたいことです。 

 次回の開催は現段階では決まっておりませんが、4月に通常会をやりたいと計画はしています。残念なことに長らく使わせて頂いていた秋葉原「BOOKS」さんが長期休業に入るということで、場所の検討をしているところです。読書会をするためのような素敵なレンタルスペースだっただけに本当に残念……。 

 詳細が決まり次第、随時連絡いたしますのでしばしお待ちを! 

 席が埋まる前にチケットが取れるよう、TwitterなどのSNS、またはPeatixからのメールをチェックしてみてください! 

 またお会いしましょう!! 



  ここからはレポート係コウイチによる小説コーナーです。 

 でも今回は詩です。レポートの途中でも書きましたが、まだのせていなかった10篇をのせます。時間をドブに捨てる覚悟のある方はご覧ください。 




  夏祭り 


 焼きそば、たこ焼き、いか焼き、とうもろこし。

  わたがし、サイダー、かき氷、りんご飴。

  射的、お面屋、くじ引き、金魚すくい。


  屋台の立ち並ぶ知っているはずの道のり。年に一度の非日常。にぎやかな喧騒が夜を埋めつくし、雑踏の波が町を流れる。


   ひゅゅゅゅうぅ。


 彼方から聴こえるその音に人々は足を止めて同じ方角を仰ぎみる。

 夜空に輝く閃光、一瞬の煌めき。一拍遅れで届く音の振動に群衆の鼓動が呼応する。 

 あれが破壊の芸術か。匠の美学の真髄か。暗闇を彩るクライマックス。 


 すべてが散ると日常へと帰る。まるで何事もなかったのかのように。

 あの一夜もいまや幻想の一幕。 




  チェンジ 


 かつての言動は変えられない、思い出しては後悔の繰り返し。幾度頭を抱えただろうか、不器用なぼくはミスを繰り返す。 

 タイムマシーンがあればいいのに、あのときのぼくにアドバイスがある。引き出しのなかを覗いてみても、ノートとペンが転がってるだけだ。

  終わったことはもう仕方がない、振り返るのはこれでやめにしよう。代わりと言ったらおかしいけれど、いまの想いをノートに綴ろうか。 


 変えられるのは未来だけ、どう変えるかも自分次第。 

 変えられないものを踏み台にして、理想の未来へと。




 怒り 


  目覚ましの音が嫌い。 

  時間に急かされるのが嫌い。 

  満員電車が嫌い。

  やりがいのない仕事が嫌い。 

  残業が嫌い。

  休日出勤が嫌い。

 使えない部下が嫌い。 

 頭の悪い上司が嫌い。 

 列に並ぶのが嫌い。 

 人混みが嫌い。 

 孤独が嫌い。 

 決められた時間が嫌い。 

 決められた場所が嫌い。 

 他人の無関心さが嫌い。 

 他人の無遠慮さが嫌い。 

 自己中心的な人間が嫌い。 

 大雑把な人間が嫌い。 

 嫌い、嫌い、嫌い、嫌い。 

 嫌いなもので溢れている、この世界が大嫌い。 

 そんなことばかりを考えている、 

 自分自身が一番嫌い。 




  郷愁
 


 暗い空から雨が降っている。駅近くの飲み屋街も心なしか寂しく写る。 

 濡れたアスファルトに反射する極彩色が、目の奥をズキズキと疼かせる。 

 ここはぼくの居場所じゃない。真相心理がそう呟く。 

 路地を曲がると途端に暗くなる。

 少ない店の灯りが道しるべのようにポツポツとあった。

 立ち並ぶ民家にひっそりと隠れるようにして。 

 戸を開けてみる。安心できる笑顔がぼくを迎え入れる。 

 懐かしい料理が並ぶメニュー。懐かしい言葉が飛び交う店内。 

 できたての料理を一口食べる。 

 ここがぼくの居場所かもしれない。真相心理がそう呟く。 




  海
 


 コンクリートジャンルのなかでウホウホ生活していると、ときたま海へと行きたくなる。 

 これは田舎者の性なのかもしれない。 

 人混みに翻弄されながらも、都心からしばらく電車に揺られて太平洋を目指す。 

 しだいに人の影もまばらになり、終点まで 

 急がず、 

 焦らず。 

 ホームに降り立つと懐かしいにおいが鼻腔を満たす。ここは観光地としても名高い湘南、江ノ島。 

 駅の改札を抜けると観光客がぞろぞろと海へと足を向ける。

 懐かしい。しかし、ここは何かが違う。 

 地元の海は、もっと、こう── 


 私は観光に来たわけではない。けれどもいつの間にか観光客になってしまう。 

 私はただ海に行きたかった。


 日が暮れゆく。

 江ノ島の路地を抜けた先に小さな入江。

   他に人のいないそこは穴場なのか。

      小さな防波堤の先に立つと、

             海があった。




  父親
 


 親父はことしでいくつになったか。

 父親の年齢すらまともに覚えていないとは、俺というやつはまったくの親不孝者だ。 

 盆と正月ぐらいは地元に帰ろうともおもうのだが、自分に課したその約束さえも近頃はままならない。 

 親父の背中はおおきかった。 

 正直、完璧な父親とはほど遠かっただろう。もっと立派な父親は世の中にたくさんいるのだろう。 

 しかしながら、俺の親父の背中はおおきかったのだ。 


 久々の帰省。いまではちいさくなってしまった父親に、親孝行の一つでも、と。

 親子とは不思議なもので、いざ目の前に立たれてしまうと何をしていいのかもわからない。 

 おかえり。という声に、ただいま。と答えるのが精一杯だ。 

 とりあえず温泉が好きな親父だ。温泉にでも行こう。そしてドライブがてら海にでも行ってみよう。 


 冷たい海風をもろともせず、サーファーが波を掴まえようと海面を滑っている。 

 砂浜に降り立ってはみるが、親父と言葉を交わすわけでもない。煙草を旨そうに吸う親父に倣って、俺も煙草を咥える。 

 俺は大きくなりすぎた。親父と比べたらふたまわりは大きい。 

 けれど親父よ。 

 あんたの背中は、いまでも大きいよ。




  理想
 


 私は善良な人でありたいと思っている。もっと簡単に「良い人」になりたいと。 

 しかし簡単なようで難しい。常日頃から「良い人」であろうとしていても、私は「良い人」とは程遠いと感じることがある。

  例えば、小さなゴミが落ちているとする。近くにゴミ箱があるというのに。 

 これくらいはいいだろう。他の誰かが拾ってくれるだろう。 

 たいした手間もかからないというのに、無意識のうちに私はそのゴミから目を反らしている。 

 そんな小さなゴミを拾い、ゴミ箱に捨てる人をみると、善良でありたいと思う心が恥ずかしくなる。 


 私ははたして、良い人になることができるだろうか、と。




 雨 


 雨っていいよな。濡れるなんてこと気にせずに、外を走りまわりたくなる。 

 雨っていいよな。見慣れた街の風景も、まるで別物のように映る。 

 とくに音、雨音がいいんだよ。

 雲から落ちてきて地を打つ音もそうだけどさ、雨樋から流れ落ちる音なんかもね。 

 濡れた路面を走る車の音もいい。ワイパーの音もどことなく好きなんだよ。 

 傘差して歩くのと、雨合羽着て歩くので、聞こえる雨音が違うって知ってた? 知らないならこんどやってみるといい。 

 昔から恵みの雨なんて言い方するじゃないか。雨はただ水分を恵んでくれてるだけじゃない。俺たちに音を恵んでくれてるんだよ。

 なかには雨が嫌いってやつもいるだろう。まぁそれもわかるよ。濡れたくもないのに濡れるのは嫌だよな。 

 でも雨でテンション上がるのは俺だけじゃない。雨の音にのせられて、カエルだってミミズだってテンション上がってるだろ? 

 テンションあがり過ぎちゃって、次の日道路でぺしゃんこになってたり、干からびたりしてるやついるもんな。 

 おいお前ら、気をつけろよ。 




  黒
 


 お洒落がいまいちよくわからない。 

 配色のセンスなのか、合わせたときのシルエットなのか。 

 自分なりにお洒落に気を使ってみたこともある。

 だけど友人からみたら「ダサい」らしい。 

 うーん。お洒落とは、なんぞや。 

 勉強がてらにファッション雑誌をパラパラと捲る。ほうほうこれがお洒落か、と。 

 だけどぼくからみたら「ダサい」となる。 

 だからもう諦めた。ぼくにはファッションセンスなるものはないのだ。 

 だからいつも黒っぽい服を着ている。 

 なにか悪いか? 




  深夜
 


 深夜一時、寝なければなるまい。 

 明日とて仕事があるのだ。 

 深夜二時、やけに寝つきが悪い。 

 食後のコーヒーが仇となったか。 

 深夜三時、寝よう。早く寝よう。

 思うまにまに目が冴えていく。 

 深夜四時、眠たい。されど寝つけない。 

 まさか不眠症というやつになったか。 

 深夜五時、もはや早朝五時。 

 はて、深夜と早朝の境は何時であろう。 

 深夜六時、もう日が昇るぞ。 

 覚悟を決めるときか、今日は不眠労働者か。

 深夜七時、ピピピッ、ピピピッ、ピピ──
 

 ……………………………………。


 夢のなかでくらい社長にならせてはくれまいか。 




  友人と一緒に書いた詩はここまでです。友人に許可を取って彼の詩も一緒に載せれば良かったなぁとか思たりしました(笑) 

 でもほんとに読み比べって楽しかったんですよね。また彼と会ったときにはこの遊びをしたいです。 

 せっかくなのでもうひとつ詩を書いてみました。とくにテーマを決めるでもなく、時間を決めるでもなく。いままでのぼくの人生を振り返ったりなんかして。 

 でもやっぱりこれは詩じゃないのかな、エッセイ? なんだろ? 

 ジャンルがわかる人はこんど教えてください。 




  死について 


 子供のころに死について考えたことがあった。

 小学生になったばかりのことだったか、まだ幼稚園に通っていたときのことだったか。 

 きっかけはなんだっただろう。 

 よく行ってた駄菓子屋のおばちゃんが死んだからか、隣の家が飼っていたシベリアンハスキーが死んだからか。 


 よく覚えていない。 


 だけど確かにあのときのぼくは死について考えていた。 

 なぜか、洋式トイレに座った状態で。 


 小さな子供だ、特別でない、ごく普通の。 

 しかも日本人の現代っ子だ、信仰心なんて持ち合わせていなかった。 

 天国も地獄も信じていないし、輪廻転生も極楽浄土も知らなかった。 

 そもそも死ぬということがよくわからなかった。だからだろうか 


 まずぼくは、ぼくが産まれてくる前のことを考えた。


 母親のお腹のなかにいる自分を 

 母親と父親が出会う前の存在するはずのない自分を 

 祖父と祖母が出会う前の存在するはずのない自分を 

 その先の、その先の、その先の、 

 顔もしらない祖先と顔もしらない祖先が出会う前の存在するはずのない自分を 

 人類が誕生する前の 

 生物が誕生する前の 

 地球が誕生する前の 

          存在するはずのない自分を。


 まだ日中の明るいトイレのなかで、ぼくは暗闇に包まれていった。 

 真っ暗で、なにも見えなくて、なにもない。 

 ぼくが死んだらどうなるのだろう。 

 気がつくとぼくは泣いていた。 

 トイレが長いことを心配した両親が様子をみにきたらしい。 

 泣いているぼくをみて「どうしたの?」という母親の心配そうな顔を覚えている。 


 ぼくは、泣いた。 


 それからトイレが怖くなった。 

 トイレに入るとどうしても死について考えてしまう。 

 たぶん泣いたのはそのとき一回だけだが、トイレで幾度も死について考え、背筋に冷たいものを感じた。 

 もしかしたらもう何度か泣いているかもしれない。 

 大人になったぼくはもうトイレを怖がることはない。 

 それは単純に大人になったということもあるが、もっと明確に 

 ぼくのなかで死についての結論が出たからだ。 


 子供だったぼくがトイレのなかで何度も何度も考えて考えた死ぬということ。 

 命あるものは決してさけることのできない道の先。 

 それは結局のところ闇だった。 


 でもただの闇じゃない。宇宙の闇だ。 

 ぼくが死んだらぼくの魂はぷかぷかと空へと登っていく。風に揺られて雲に迷いこみどこまでも登っていく。 

 そして地球を離れて宇宙までいくのだ。 

 宇宙のなにもない暗闇に、ぼくの魂は紛れる。 

 暗闇に紛れてぷかぷかと宇宙を漂う。 

 宇宙からみる地球は本当に青いのだろうか。月まで行ってみるのもいい。その次は太陽に近づいてみよう。 

 ぼくは魂だけだから暑さも寒さもへっちゃら。 

 もっと遠くの、あの美しい星々を仰ぎみながらぼくはいつまでも宇宙を泳ぎ続けるのだ。 


 なんだ、なにも怖がることないじゃないか。 


 だからぼくはトイレのなかで宇宙に行っていた。


 いまの大人になったぼくは、あのころよりもいろいろなことを知っている。知らなければ調べることもできる。 

 宇宙のことを調べてみるといろいろなことがわかった。まだまだわからないことだらけだということもわかった。 

 ダークマターだったり、ダークエネルギーだったり。 

 たぶんその辺に紛れることになるのだろう、ぼくの魂は。 


 そういえばロダンの「考える人」は死について考えていると、テレビだったか知り合いだったかに聞いたことがある。 

 もしそれが本当だったのなら、彼は洋式トイレに座って考えていたんじゃないかな。 

 そうだといいな。 

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小説が好き!の会 【小説に限定した読書会】

小説について話したい、でも周りに小説について話せる人がいない。うまく話せる自信がない、それでも好きな小説について話したい。 そんな人たちのためのくつろぎの場所、それが「小説が好き!の会」です。 小説というのは音楽や映画と違って共有することが難しいかもしれません。だからこそゆっくりと時間をかけて、好きな小説を読んで感じた何かを、少しだけ誰かに話してみませんか? 誰かの感じた何かに触れてみませんか?