もーうすぐ春ですねぇ、恋をしてみませんか~♪
ということで、やたら恋愛小説ばかりを読んでいます、恋に恋するオ・ト・コ! レポート担当コウイチです!
春といえば皆さんなにを思い浮かべますか?
桜でしょうか? 卒業式? 入学式? なかには花粉という人もいるかもしれませんね。
え、ぼくですか? ぼくも皆さんとあまり変わらないと思いますよ!
そうです、ニュージャパンカップです!!
今年はザックサイバーJr.が王者復活を狙う棚橋選手を多彩な間接技で下し、みごと初優勝を飾りましたよね。決勝に進むまでも内藤や飯伏、SANADAといった優勝候補の選手を次々に……
~割愛~
……あのラストはまさにサブミッションマスターの名に相応しい華麗なゲームメイクだったと思います。両国での絶対王者オカダ・カズチカ戦も楽しみです!
失礼、思わず興奮してしまいました。プロレスの話はさておき、読書会の話に移りましょう。
いままでの「小説が好き!の会」は月に一度(番外編は除く)、読書会を開催してきました。しかし今回は「二週連続読書交換会」を実施!!
定員を10名と少なくし、番外編で一度やった交換会を本編でもやってみようじゃないか! という試みでした。
結果からいえばかなり好評で、気になった小説がその場で手にはいるので、参加者の皆様からも「また交換会やってほしい!」といって頂けました。欲しかった小説が被ったりすると、じゃんけんをして決めたりとゲーム的な楽しさもあって、より楽しめたのかなと思います。なにより大の大人があんなに楽しそうにじゃんけんをする姿をぼくは初めてみました!笑
会場はJR中野から徒歩5、6分ほどにあるダイニングバーレッド。主宰であるダイチさんのご友人が土曜日の店長をしているお店だそうです。
以前、番外編として行われた交換会でも、このお店を貸して頂き、大変お世話になっております。ありがとうございます。というかまた交換会で使わせて頂くと思います。お願いします。
入り口こそ分かりにくいものの、店内はレッドを基調としたオシャレ空間。ぼくもああいうお店に一人立ち寄ってお酒を飲む姿が似合う男になりたいものです! 皆さんもぜひ、男を磨きに行ってみてください(基本的に参加者は女性が多い)!
そんなこんなの交換会、第一週目(3/10)はまさかまさかの男祭り! 桜の花より男子会でした!
参加者七人、七人の男。やっぱりみなさん男を磨きにきたんですかね? いつもより恋愛小説多めでしたが……。
しかも初参加の方は一人だけ、もうほぼ身内会みたいになってしまいましたが、かなり楽しめたと思います。番外編で男子会やる? なんて話もちょろっと出たくらいです!
たぶん本編では二度とないであろう男子会、その日の自己紹介のテーマはぼくが考えてきたものでした!
テーマはズバリ「今後の人生で一度はやってみたいこと、行ってみたいとこ!」です。
皆さんはなにかありますか?
ぼくは「スカイダイビングをしてみたい」とずっと思ってます(ジェットコースター苦手)。
参加者のなかには「宇宙に行ってみたい」というロマン溢れる回答も! でもあと50年ぐらい経てば、民間の宇宙旅行なんてのもできそうですよね! つまりガンダムも夢じゃない! SFの世界に手が届きそうな時代にぼくらはいるのです!
さてさて、お待ちかねのノベトークですが、今回は交換会。
まずはそれぞれ持ってきていただいた小説にキャッチコピーをつけてもらうことに!
このキャッチコピーが意外と難しい! 大好きな小説であることは間違いないのですか、その面白さを一言で表せといわれるとどうしたものかと頭を悩ませてしまいました。しかしながら皆さん想いのこもった素晴らしいキャッチコピーをつけていらっしゃいました!
様々なジャンルの小説が紹介されるのですが、どれも面白そう! ドキドキわくわくしながらあっという間のグループトークです!
どんな小説が紹介されたのか、想いのこもったキャッチコピーとともに、のちほど一覧にてご紹介します!
さて、紹介が終われば交換です!
一番欲しいと思った小説を選び、自分の名前の書いた付箋を貼って、他の人と被らなければその小説をGETできます。被ってしまったらじゃんけんぽんっ! 文句なしの一発勝負です!
そしてこれが被るんですよねぇ笑
運良くぼくは被らずにGETできましたが、一冊に四人が被っている小説もありました!
大人の男四人がキャッキャウフフのじゃんけん大会。文字で起こすと気持ち悪いです(悪意なんてないよ)。
一番欲しい小説を貰えた人も、二番、三番になってしまった人も最後はみんな笑顔だったので良かったです!
最後に感想を伺うと、「まさか男子会だとは思わなかった」とか「男子会も意外と楽しかった」とかいろいろな意見が……。華、欲しかったですか? 楽しけりゃいいじゃん!! 人間だもの!! の前に男だものな!!
つーわけで一週目の「小説交換会」改め「小説男子会」は無事終了! いつものように二次会も行きましたが、男子会ならでは方向の盛り上がり(内容はご想像にお任せします)もありつつ、清く正しく美しく、無事閉幕となりました!
で、二週目!
レポート二回分まとめて書いていいよって言われたんだけど、どうやって書けばいいのかよくわかんないので無理やり二週目突入します!
場所も流れも一週目と同じです。ただ違うのは華が多い! なぜにこうも片寄ってしまったのか、二週目(3/17)は定員の10名参加、男女比5対5のベストバランス、初参加者も4人と理想的すぎる比率でした!
しかも「小説が好き!の会」で作っているオリジナル栞を見つけたことがきっかけで参加した、という人がいらっしゃいました。以前は「栞の効果あるのかなぁ」とか思って日当たりの悪かったぼくらの心が、なんということでしょう。日の光が降りそそぎ「栞作って良かった!」と心の底から明るくなっているではありませんか。様々な匠の仕事が、こうして結果として出た瞬間でした。
自己紹介のテーマは、またぼくの提案で「ソウルフードはなんですか?」というもの。
皆さんにもないですか? 母親の得意料理が忘れられないとか、好きすぎていろんな店を食べ歩いてるとか。
ぼくは高校時代にめちゃくちゃ通いつめたうどん屋さんのことを言いました。安い!早い!旨い!ベストオブ学生の味方!
そしたらうどん好きで被ってる参加者の方もいましたね。ラーメン好きも被ってました! 他にも辛いものが好きとか、チョコレートが好きとか、日本酒が好きとか(←フードじゃなくね?)。パクチー好きの人もいましたね、ぼくはパクチー食べたことないのですが、一度食べてみたいです。語感は好きですよ「ぱくちー」かわいい( ´・ω・`)
キャッチコピーを書いてもらって、ノベトークスタートです!
ぼくは毎回、嫌がらせのようにライトノベルを一冊持っていくのですが、今回は二冊ともライトノベル。さらに主宰のダイチさんも一冊、ライトノベルを持ってきていたので、ラノベ濃度が少し高めな第二週目となりました!
ちなみにハーレムものとかじゃないですよ? 女性の前で堂々とハーレムのここがいい! とか語れるほど特殊な趣味は持ちません(以前の二次会でちょろっとあった)。
一週目より人数も小説も増えたので、皆さんが紹介し終わったあとになっても、なかなか一冊に絞るのが難しかったです!
欲しいけど明らかに票が集まりそうな小説もあったりして、勝負するのか、確実性を取るのか、プロ野球のドラフト会議ってこんな感じなのかなぁとか思ってしまいました。
次からはじゃんけんじゃなくて、くじ引き方式でも面白そうですね! これダイチさんに提案しておきます! もしこれやってたらぼくの手柄です。
二週目も結局、じゃんけん続出。大人になってあんなに楽しいじゃんけんってホントないですよね?
最後の感想でも「じゃんけんに負けると思ったより悔しかった笑」という人もいるくらいなので、あの盛り上がりは恐ろしいです。
ぼくは二週連続の参加となったので、合計4冊の小説を手にいれました! 家には積ん読本が山のようにあります! さて、どうしましょう?
とりあえず、精神と時の部屋でも探しに、旅に出ようと思います。新橋辺りにないですかね? ないですか……。知ってる人は次の読書会で耳打ちしてください。
それではまた、4月の読書会でお会いしましょう!
ここからは次回予告です。
『新年度突入スペシャル!お花見シャッフル小説交換会IN中野!開催決定!!』
開催日は4月14日、土曜日です!
タイトルだけじゃよくわからないですよね。
簡単に説明すると、小説の内容もタイトルも隠したまま、小説をシャッフル交換するってことです。小説の紹介は交換したあと!
お花見とありますが、JR中野駅から徒歩5分ほどにある「中野四季の森公園」にてレジャーシート的なのを広げて、ピクニック気分で読書会をやってやろうという新企画です!参加を希望される皆さん、当日は小春日和になることを願っていてください! あとは桜が散りませんよーにっ!
「中野四季の森公園」は「小説が好き!の会」の聖地みたいなものです! すべてはここから始まりました笑
定員の上限なし、参加費なんと500円! リピーターさんも初参加の方もどしどし参加しちゃって下さい! たくさんのご参加お待ちしております!!
皆さんが紹介してくれた本たち!
※「タイトル」作者名(キャッチコピー)です。
3月10日
「八月の博物館」瀬名秀明(過去、現在、未来 めまぐるしく変わる場面転換に一気に飲み込まれてしまう)
「明日の記憶」荻原浩(「思い出」のすべてをあなたに託す)
「無銭優雅」山田詠美(純愛小説アンチテーゼ 中年男女の軽快な恋愛)
「虐殺器官」伊藤計劃(日本SFの到達点 早熟すぎた作家の最高傑作)
「九つの、物語」橋本紡(兄が教えてくれた、生きているって尊い)
「海辺のカフカ」村上春樹(読んできた村上作品と少し違う)
「二度目の夏、二度と会えない君」赤城大空(白赤城の最高傑作、青春真っ盛りライトノベル)
「夜間飛行」サン=テグジュペリ(夜の間の美しさと恐ろしさの狭間で)
「喜嶋先生の静かな世界」森博嗣(一人の出会いが僕を変えた)
「夜明けまで1マイル」村山由佳(青春、恋愛、バンド 主人公と幼馴染のそれぞれのひたむきな恋)
「まどろみ消去」森博嗣(森博嗣入門編)
「天翔る」村山由佳(新村山の希望 「乗りこなす」ではなく「共に走る」)
3月17日
「六花の勇者」山形石雄(フリックする手が止まらない、先が気になるシリーズ)
「犯罪小説集」谷崎潤一郎(不安を味わう犯罪小説)
「優しいおとな」桐野夏生(ラストにわかる、本当に優しいおとなの意味)
「鍵の掛った男」有栖川有栖(心の扉の鍵を探すミステリー)
「窓の魚」西加奈子(妖しくて美しい日本画のような物語)
「五瓣の椿」山本周五郎(悲しき復讐者)
「恋文」連城三紀彦(嘘をつくくらい愛するあなたへ)
「本のエンドロール」安藤祐介(本は工業製品です)
「ステイルライフ」池澤夏樹(冷戦の武装化議論と恐竜日記)
「明日の狩りの詞の」石川博品(「狩る者」としての覚悟はあるのか)
「星々の悲しみ」宮本輝(あの瞬間垣間見た純文学の魅力)
「愚行録」貫井徳郎(人の多面性を知る)
「トリップ」角田光代(「こんなはずじゃない」日常のもやもやを抱える人たち)
「STONER」ジョン・ウィリアムズ(完璧な小説)
「浴室」ジョン=フィリップ・トゥーサン(過ごしたい場所がある。それはなんだか素敵なことのような気がする)
「スーパーカブ」トネ・コーケン(スーパーカブが彼女の世界を広げてくれた)
ここからはレポート担当コウイチの小説パートに入ります。
本当は前回載せた「槇島キャッツらいふ」の続きを載せようと思っていたのですが、諸事情によりその前身となった「居酒屋キャッツらいふ」を載せることとなりました。これは約2年前に書いたものですが、今回は久々に加執修正を加えてみました。
読書会とはまったく関係のない、私の完全な趣味ですので、お時間のある方は暇潰し程度にお付き合い下さい。
『居酒屋キャッツらいふ』
“にゃーん。”
一つ鳴いてみる。日の出を迎えて間もない早朝、人っ子一人いない店内で僕の声は間延して聴こえた。
夜のうちに冷えきってしまった店内は、磨りガラス越しにはいる朝の光ですこしずつ暖まっていく。
僕はその光を浴びて太陽の暖かさと優しさを知った。
職業柄、日の出ている日中や人前では、僕一匹で勝手に移動することは許されない。だから朝日を浴びるこのひとときは、この場所でよかったと思えることの一つである。
僕の先輩はいつも店の奥にいるから、太陽の暖かさや優しさを知ることがない。丸まって寝息をたてる彼を見て、僕は眉尻を下げた。
でも黒い毛色をした先輩には、案外あの日陰が似合っているのかもしれない。日陰者といっているようで、こんなこと訊かれたら彼に怒られそうだけど……。
店内を見渡す。綺麗に掃除がゆきとどいているのをみると、ご主人の真面目さがよくわかる。この店の名前は「六助」小さな町の小さな居酒屋である。店内はL字型のカウンターに席が八つあるだけ。「六助」なんて名前だから店主はどんな渋いおっさんなんだと思うかもしれないけれど、これが意外と若くて二十八歳の青年である。
店名の由来は彼の名前、六反田裕助からとっているらしい。
創業はまだ二年目の新参者である。
営業時間は夕方六時から深夜二時まで、毎日夜中まで働くご主人は、今はまだぐーすか寝ている頃だろう。起きるのはいつもだいたい正午頃だ。
僕はうーんとのびをして体の隅々に光を浴びる。毛先がひろがり空いた隙間に熱がたまる、地肌までじんわりととどく太陽光がかすかににおいたった。これがお日様のにおいというやつだ。
鼻をひくひくさせながら、僕はいまだにまどろむ瞳を細めてお腹の毛を優しく舐める。
濃い鉄の味に全身の毛が逆立ち、思わずぶるりと震えてしまう。こいつはあれだ、いつも抱えている大判のせいだ。しかしこればっかりは仕事道具なのだからどうしようもない。
ふと、壁に掛かった時計をみる。壊れて動かなくなってしまった振り子は、先輩が飛びついて壊してしまったのだそうだ。それでもなお動き続ける短針と長針に賛辞を!
長針がカチリと小さな音をたてると、二つの針は縦一直線になった。
“まだ六時か。”
仕事の時間までまだ随分と時間がある。もう一眠りしようかと、前の両足でふみふみ、寝心地の良さを確める。
それからくにぁーとあくびを一つ、仕事までに左肩をいたわっておこう。
〇 〇 〇 〇 〇
僕がこの店に来たのはちょうど一週間前のことになる。
客足がのびないと困っていたご主人が、僕の力を頼ってきたのだ。
先輩はこの店の創業当時からいるのだが、彼は右手で招く、つまり金運を招くことを専門としている。
ご主人は右手だとか左手だとか、僕たちの業界について明るくなかったようで、常連さんに指摘され、左手で客を招く僕を新たに店に迎えたというわけだった。
三毛の僕と黒の先輩が揃った姿をみて、ご主人は僕らに名前をつけてくれた。
左手を挙げる僕が「あ~ちゃん」。僕は男なのに女々しい名前だなぁと思ったのだけど、Perfumeのあ~ちゃんみたいに呼ばれるのはちょっと嬉しい。右手を挙げる先輩には、もともと治五郎といういぶし銀な名前がついていたのだが、僕が来たことにより「うん坊」と改められた。
どうやらご主人は僕ら二匹を、金剛力士の阿形と吽形になぞらえているようで、命名後のご主人の表情はとても満足気だった。
僕が来てしまったばっかりに治五郎改めうん坊になった先輩に対しては、変な名前になってしまったことを常々申し訳なく思っている。
そのことをいうと先輩は、
“人間が決めた名前なんかにこの俺が縛られるとでも思ってんのか? 俺は俺の仕事をするだけだ。お前が気にするよーなことは別に何もねーんだよ。”
という。
いかにも気高い職猫といった風でとてもカッコいい、それ以来僕は先輩に憧れを抱いているのだった。
でも一度、僕が先輩のことをうん坊と呼んでしまったときには、めちゃくちゃキレたのだけれど。尻尾に触れられたときのような鬼の形相をしていたので、僕は涙目になった。それからというもの先輩のことをうん坊とは決して呼ばないようにしている。
これからも気をつけたい。みんなも気をつけてね。
〇 〇 〇 〇 〇
午後二時頃、物音で僕は目を覚ました。
二階からご主人がおりてくる音だ。店舗兼住居のこの建物は二階がご主人の居住スペースになっている。外に取りつけられた鉄製の階段をカツンカツンと靴底が叩く。
僕は慌てて姿勢を正して『千客万来』と彫られた大判を抱え直した。
先輩を横目で見ると、すでに『商売繁盛』の大判を抱え右手を高くで招いている。
さすが先輩、その招き姿は実に凛々しく見習いたいものである。僕は先輩を鏡にして左手を高くで招いた。
ご主人はガチャリと裏口の扉の鍵を開けると、寝間着姿で大あくびをしながら厨房に入る。いままで二階でゴロゴロしていたのだろう、天然パーマのボサボサの髪と相まってその姿がだらしなく映る。ご主人は店内をゆっくりと横切ると、出入口の扉を開けて空気の入れ換えをする。塞き止められていた外界の音がどっと押し寄せて僕は顔をしかめた。
店におりてきて初めにこれをするのが彼の習慣であった。
「あーちゃん、今日もよろしく頼むよ」
“合点承知! お任せあれ!!”
ご主人は僕の頭を優しく撫でる、これも毎日の習慣だ。
先輩もまた同じように撫でられるのだが……。
「うん坊、今日もよろしく頼むよ」
“…………おう。”
額にはピクピクと大きな青筋が浮かんでみえる。相手がご主人であるから我慢をしているものの、うん坊と呼ばれるのにはやはり耐えがたいものがあるらしい。ご主人名前変えたげて!
そんな先輩は創業以来、毎朝ずっと頭を撫でられ続けているためか、頭と耳先の毛の色素が薄くなっている。もとが黒であるからそれが余計に目立つ、僕は眉尻を下げた。
ご主人は六助のロゴが入ったオリジナルの甚平に着替え、ボサボサの髪を綺麗にまとめて後ろで縛る。
まさに居酒屋の店主といったよそおい、これがご主人のお仕事スタイルだ。
よしっと気合いの入れたご主人は、
「じゃあ、買い出し行ってきまーす」
人の居ない店内に言葉を残し、大きなエコバッグを二つ、ズボンのポケットにねじ込んで近所の商店街へと向かう。
“行ってらっしゃい! お気をつけて!”
僕は職業柄、手を横に振ることができないので、代わりに招いて見送った。
ご主人が出ていくと、すぐに先輩はくにゃ~とあくびをして後ろ足で頭を掻かいた。そのまま丸くなって寝てしまう。
僕は前足をお腹の下に折り畳んみ、香箱をつくって座った。磨りガラスの向こう側、扉の外に人の往来する気配はない。営業中でさえ来ない。僕のせいだ。頭を抱えた。
ここ「六助」は繁華街の大通りから裏道へ入って、更に裏道へ入った袋小路の脇にある。隠れ家的雰囲気の居酒屋といえば格好はつくが、隠れすぎていてお客がみつけきれない。致命的である。世が世なら重宝されていたであろう本気の隠れ家的物件だ。
裏の裏は表であるが、裏道の裏道は深淵である。誰もが好き好んで覗くようなところではない。であるからして常連客となるお客は皆一様にクセがすごい!
僕はまだ働き始めて一週間しかたっていないからその全容は把握しきれていないが、昨日なんてこの平成の世に髷を結った初老のおじさんが来ていた。
こういう人に重宝されてしまう店なのだ。僕はあまりに時代錯誤な髪型に驚きすぎて「大クセ侍」というあだ名をつけてしまった。でもさすがにいい過ぎてしまったなぁ、と後悔もしている。
新しく店に入った僕に餞別だといって百円くれたし、すごく優しい人なのだ。せめて次からは「徳川綱吉」と呼ぶことにしよう、ほらあの人って動物愛護のパイオニアだし。
ご主人が買い出しに行っている間、先輩のようにまた寝てもよかったのだがそうする気分にもならず、仕事に備えて左肩をゆっくりと回していた。
あたりまえだが、仕事中はずっと左手を招かなければならない。
するとやはり肩への負担はとても大きく、ストレッチもせずに仕事にのぞむと、変に肩を痛めたり、いつもより肩こりがひどくなったりする。
僕らも何かと大変なのだ。
業界内では金運も客も両方招いてやろうと、両手で招く変わり者もいるそうだが、想像しただけで辛そうだ。しかし人間からの人気はあまりないらしい、まさに骨折り損のくたびれ儲けというやつだ。
やはり人間も一方だけを専門にしているスタンダードの職猫に信頼を寄せているのだろうか。
“おい、あ~ちゃん。”
急に先輩が話しかけてくる。
“なんですか先輩?”
“どうしたんだよお前、今日はやけに張りきってるじゃねーか。”
“そ、そうですかね?いつものストレッチですよ。先輩もしてたほうがいいんじゃないですか?”
“うるせー、誰にアドバイスしてやがるんだ。”
“す、すいません。”
“いつもより入念だろーが、もう三十分もストレッチしてるぞ。”
“うっ……。”
“なんかあったのかよ?”
赤面する。張りきっていたのがバレていた。
先輩の洞察眼は相変わらず凄い。
“いや、それがですね。”
“おう。”
“先輩も気づいていますよね、ご主人のこと。”
“あー、旦那のことか。”
“はい……ご主人、最近なんか元気ないんですよ。”
“まーな、でもまぁ俺にはどーすることもできねーしな。”
“はい、わかってるんです……僕ですよね……。”
“…………は?”
最近、ご主人は元気がない。さっきはまるでそうみせないように、僕たちの前では振る舞っていたのだけれど、僕にはわかってしまう。たった一週間だか僕だってご主人を想う気持ちは強い。
洞察眼の鋭い先輩は僕より早くからこのことに気づいていただろう。できれば直接僕にいって欲しかった。
“わかってるんですよ、僕がこの店に来て一週間。ご主人はせっかく僕のことを信頼してくれているのに、客足がのびるどころか減ってますもんね。僕がうまく招けていない証拠です。”
“……ん、いや。それは関係ないだろ。”
“あるんですよ、わかってるんです。あまり僕に気を使わないでください。”
先輩は口調や態度はアレだが、根はとても優しい猫だ。しかしそんな先輩の優しさに甘えてばかりもいられない。
“お客を招かないことには、先輩だって金運を招けないですもんね。ただでさえお客の多くない店だったと訊くのに、僕のせいで昨日なんて閑古鳥が鳴いていましたよ。猫が居ながら、ほんとに面目ないです。”
“う、うーん……論点がちょっとずれてねーか?”
“でも、今日は頑張るんです。頑張ってお客をたくさん招いて、ご主人を元気にしてみせるんですよ!”
“お、おう……頑張れ……。”
“はいっ!”
僕と先輩がお喋りをしていると、ご主人が買い出しから帰ってくる。
僕らは姿勢を正した。
「ただいまー」
“お帰りなさいませ、ご主人様っ!”
いつもより張りきって迎えると、先輩からそのいい方はちょっとやめとけ、といわれた。何故だろう、不服である。
ご主人はパンパンになった二つのエコバッグを両手にずっしりと下げ、額に汗を浮かべている。
誰かに頼んで一緒に運んで貰えばいいのにと、いつも思う。こんなときに役に立てない自分が歯痒い。猫の手は貸せないのだ。
ご主人は厨房に入り、開店の準備を始める。米を炊いたりネギを切ったり、大鍋の料理を作ったりと、その他さまざまな仕事を手早くこなしてゆく。事前にやれることはできるだけやってしまうのだ。
僕はこの時の包丁が軽快にまな板を叩く音や、水道水がシンクを流れる音が好きだった。
〇 〇 〇 〇 〇
午後六時、ついに開店の時が訪れた。
ご主人は暖簾を出して店前の提灯に灯りをいれる。店内にはすでに仕込みを終えたお料理の芳しいにおいが漂っていた。
ここからは僕の力の本領発揮である。多くの人を招いて店を繁盛させねばならない。ご主人の元気は僕の左手にかかっているのだ。
“来い……来い……来い……来い……来い……来い……来い……来い……来てくれ……来てください……ほんともう来てくださいお願いします。”
“来たぁーーっ! いらっしゃいませー!!”
ガラガラガラと扉を開けると、暖簾をくぐり白髪の老人が顔を出す。
「あ、シバヤマさん。いらっしゃいませ」
「じゃまするよ」
ご主人の挨拶に軽く答え、店の奥から2番目のカウンター席に座る。先輩のほぼ正面の席だ。
本日最初のお客なのだが、僕が招き入れたといえるお客ではない。このおじいさんはシバヤマさん、「六助」の常連さんである。僕の本来の仕事は一見さんを招き入れることにある。なぜなら常連さんになると招かずとも来てくれるからだ。
といってもお客はお客、あまり我儘はいってられない。僕は一見さんを求め、左手に力を込めた。
「いつもありがとうございます、もう春だというのに日が暮れるとまだまだ冷えますね」
「まったくだ、桜もぽつぽつ咲いてきたというのに」
「今日もいつものでよかったですか?」
「ああ、熱燗で頼むよ。それとぶり大根ね」
「かしこまりました」
シバヤマさんの注文はいつも決まってこの組み合わせだ。よほど気に入っているに違いない。
ご主人は注文を承るとすぐに燗付けを始める。手際もよく無駄がない、あっという間にシバヤマさんの前に料理が並んだ。
「お待たせいたしました。おつぎしますよ」
「ああ、悪いね」
シバヤマさんの差し出したお猪口にご主人はお酌をする。そして一口。
「ぁあ~~……うまいっ、これだぁ」
シバヤマさんは唸るようにして吐息をついた。
そのすぐ横で湯気をたてているのはぶり大根。甘い煮汁で煮込まれた大根は美しい鼈甲色に染まり、ぶりも薄くのった脂が表面をてからせ濃厚な味を想像させた。箸で軽くほぐすだけでほろほろと身が崩れてゆくほどに柔らかく仕上がっている。
できることなら僕にも少しぶり大根を分けてもらいたい、美味しいよねぶり大根じゅるり。
「裕助、お前さん結婚はまだせんのか?」
すこし頬を赤らめ、シバヤマさんは呟くように問うた。
「ははは、シバヤマさん、痛いところをついてきますね」
「お前さんもいい歳だろ。いくつになった?」
「今年で二十八になります」
「誰かいい人はおらんのか?」
「それが、つい先日、彼女と別れてしまって」
「そうかぁ……もったいねぇなあ」
シバヤマさんはお猪口で酒をあおり、時おりつつくようにしてぶり大根をちびちびと食べていた。
あんなちびちびとした食べ方をしていては、ぶり大根のぶりの美味しさの半分も楽しめていないじゃないか、と僕はいきどおる。
ぶりはやっぱり口一杯に頬張るのにかぎる。脂ののった表皮に牙を突き立てるあの瞬間、口一杯に広がるあの味わい。噛み締めるたびに、溢れる煮汁とぶりの旨味が混じりあい、絶妙なハーモニーを奏でる。ぜひそうして頂きたい。
「でもまぁわしが思うに、これだと思った女は逃がしちゃだめだ……」
ほろ酔いのシバヤマさんは真剣な表情でいう。
「まあ、わしも去年逃げられたんだがなっ、わっはっは」
酷いブラックジョークだった。
結婚四十周年の年に離婚されたわいといって大笑いするシバヤマさんに、ご主人は苦笑いで対応していた。彼も苦労人である。
ご高齢の方の自虐ネタは、重すぎてまったく笑えないことにおのおの気づくべきである。気を使って周りは忠告できないのだから。
シバヤマさんが帰る頃になっても、新しいお客は誰一人として入っていなかった。なぜだ、こんなにも招いているのに。僕の中で芽生える不安が、むくむくと巨大なものになっていくのを感じてしまう。
「シバヤマさんいつもありがとうございます、またお越し下さい」
勘定を済ませたシバヤマさんにご主人は頭を下げた。
「裕助……」
「はい?」
出入口を開けて出ていこうとするシバヤマさんは、突然立ち止まり低いトーンでご主人の名前を呼ぶ。ふいに名前を呼ばれたご主人はすこし困惑した表情でシバヤマさんの背中をみた。
「たまにお前さんの作るぶり大根を無性に食いたくなるんだ」
「あ、ありがとうございます」
振り向いたシバヤマさんの横顔はどこか悲しげな感情が混じっている。
「あいつの作ったぶり大根の味に、似ておるからかもしれんがなぁ」
「え……?」
「後悔しとるなら、取り返しがつくうちに動いた方がいい。お前さんはわしとは違って真面目でいい男なんだから」
「……あ、あの」
「女のことじゃ……えぇいまったく、分からんのか……」
シバヤマさんは白髪頭をぼりぼりと掻いてため息を吐いた。
「落ち込んどるんか知らんが、ぶり大根の味がいつもと違っておったといっておるんじゃ。次にわしが来るまでには元の味に戻しといてくれよ」
「……は、はい……ありがとうございます」
頭を下げるご主人を背に、またくる、といってシバヤマさんは店を出た。
その姿を最後まで見送ると、先輩はふんっと鼻をならし、
“素直になればいいものを。ひでぇ照れ隠しだな、くそジジイだよまったく。だから奥さんにも逃げられるんだ。”
と、すごい暴言を吐いていた。
しかし表情は険しいものではなく、和やかで、すこし笑っている風にもみえる。変態さんなのかもしれない。
それにしてもぶり大根の味が違うのを見抜くなんて、僕が思っていたよりもずっとぶり大根が好きらしい。僕はすんすんと鼻をならす。香りではいつもと違いがわからないのだが、あの老人には恐れ入った、同じぶり大根愛好家としてシバヤマさんをリスペクトしたい。
まずは食べ方から改めないとな、と僕は考えを巡らせた。
〇 〇 〇 〇 〇
時計の針が十二時を回った頃、忌まわしき閑古鳥がいまなお居酒屋「六助」に鎮座して、シーン、シーンと鳴いている、商売人と芸人が一番嫌いな鳴き声である。
シバヤマさんが帰って以降、常連であるサラリーマンのイチカワさんが後輩を連れてきたぐらいで、客足など伸びる素振りもみせない。
やはり僕の招き方が悪いのだろうか? 先輩にアドバイスをもらったりもしているのだが、どうにもうまくいかない。僕には才能がないのかもしれない。
落ち込んでいると左手にお客の反応があった。
「おい~、ばんわ~」
ガラガラガラ~と、扉を開けて入ってきたのはカナコさん。例にたがわず常連組である。常連さんしか来ないこのお店、僕としては彼女たちがどうやって常連となったのかを知りたい。
彼女も初めてだったときはあるわけで、僕はその歴史を知らないから、初めてのお客を招くということがいまだによくわかっていない。
「カナコさん、いらっしゃい」
「ビールとシシャモと焼おにぎりね~」
「かしこまりました」
カナコさんは出入口に一番近いカウンター席に座った。いつもこの席にしか座らない。この一週間で四回目のご入店、常連中の常連である、あの先輩が姉さんと呼ぶほどだ。僕は嫌いである。理由としては単純明快、香水がくさい。
とはいっても立派なお客である。追い返すわけにもいかない。ご主人は冷蔵庫から瓶ビールを出し、グラスとともにカナコさんに渡す。注ついでよ~というカナコさんにご主人は笑って応える。
とくとくとく、ビールを注そそぐ音が耳に心地いい。
香水はくさいが、お客はいないよりはいた方がいい。さらば閑古鳥、二度と来るな。
「グラスもう一個ちょ~だい」
「え?」
「ゆーすけくんもたまには付き合ってよ~」
「はぁ、じゃあ一杯だけ」
ご主人のグラスにもビールが注がれると、二人はコチンッとグラスを鳴らした。
「カンパ~イ!」
「頂きます」
プハーっと一気にグラスを空にしたカナコさんは、お通しの桜えびの煮凝りをパクパクと口に運びながら「シシャモまだー?」と注文の催促をする。自分からご主人にビールを呑ませたくせして、自分勝手な女である。料理の味をもっと楽しむことができないのか?
だから三十歳を目前にして独身なんだと僕は思った。
これで仕事がウエディングプランナーだというのだからもう目が当てられない。他人のプランばかりたててないで自分のプランをそろそろ立てないと、孤独死一直線だぞ。まさに孤独死をみずから望む猫の生きざまのようである。
「ところでさ~、ゆーすけくん彼女さんと別れたんだって?」
「え、どこでそれを?」
「ふふふ~、独身アラサーの情報収集能力をなめるな~」
僕は震えた。コワイ。
“姉さん、そこを突っついてくるのか……下手に荒らしてくれるなよ。”
先輩は小難しい表情をカナコさんに向けた。変態なのかな?
「敵わないですねカナコさんには、僕なんかではカナコさんの相手は絶対に務まらないですよ」
「予防線張るの早いわっ! しかも絶対にて、完全拒否っ!?」
突っ込みのキレが鋭い、さすがは独身アラサーである。小手先の技は一級品だ。その勢いでそこら辺の男を取っ捕まえればいいのに。
「違う違う」カナコさんはふるふると手を振った。「なんで別れちゃったのか訊こうと思っただけだよ~」
「理由……ですか」
「うんうん、私くらいになるとね~、人の失恋話しが一番のつまみになるんだよ~!」
だから結婚できないんだよっ! と突っ込んでやりたい。こんな女に絡まれて彼も苦労人である。
「理由といわれましても……」
「あるでしょ~理由くらい」
「それは……まあ」
ご主人がいい渋っているときにまた来客があった。
「ゆうすけさん今日もいいッスか?」
「おお、ヨシダくん。もちろんいいよ」
入って来たのはヨシダくん、いわずもがなの常連である。
「おい~ヨシダっち、漫画書いてる~?」
「げっカナコさんっ!」
「げってなんだ、げって。女の子に対して失礼だぞ~」
「………………女の子?」
「なんだ~その間とクエッションマークは~」
どうやらヨシダくんもカナコさんは苦手なようだ。やっぱりそうだよね、くさいよね。
「ま~ここ座りなよ~」
カナコさんは隣の椅子をばんばん叩く。
“座っちゃだめだヨシダくん、鼻が潰れちゃうよっ!”
“なにいってんだよお前。”
どこまでも冷静な先輩、いや僕はヨシダくんのためを思ってですね。とかいっていると当のヨシダくんも、いやでもー、と渋っていた。
“そうだ座っちゃだめだぞ。”
しかしカナコさんの、奢ってあげるからの一言ですぐに隣の椅子に座った。
「現金な奴め~」
こればかりは僕もカナコさんに同意である。
座ってしまえばさっそく注文、ヨシダくんは唐揚げ定食を頼む。
「六助」は居酒屋なので本来定食は無いのだが、まだ売れていない新人漫画家であるヨシダくんの頼みで、ご主人が格安でヨシダくんにだけ提供しているのである。まったく彼も苦労人である。
ご主人が唐揚げを揚げている間、カナコさんはヨシダくんに鬼のように絡んでいた。しかしもう慣れっこなのか、それをのらりくらりと受け流すヨシダくん。キミ凄いな。
カナコさんに出されたシシャモを、先輩はよだれを垂らしながらみていたのだがそれはまたべつの話。
それにしても新しいお客はまったく来ない、僕もしっかり招いてはいるのだがうまくいかない。さっきから店のすぐ前に一人、初めてのお客がいるのだが、その人さえも招けない始末である。
“先輩、どうしましょう。僕にはどうやらセンスの欠片もないようです。やってくるのは常連ばかり、このままではご主人が元気になってくれません。”
“ん? ……あっ、そんなことになってたんだったな、お前のなかで。”
“へ? どういう意味ですか?”
“お前が本気で元気にしたいと思うなら、死ぬ気で店前に突っ立ってる客くらい招き入れてみろよ。”
“わかりました!”
気をとり直して招いていると、すごくいいにおいが漂ってきた。透きとおった黄金色の油から、ご主人が掬い上げたのは、美しいきつね色をした唐揚げである。カラッとアゲたからカラアゲ、アホみたいなネーミングだが、発明した人は天才だ。
山盛りのキャベツの千切りに、唐揚げ五つの大ボリューム。それにレモンを搾れば口当たりもサッパリ、もちろんそのまま食べても美味しい。内包された鳥の肉汁が口一杯に広がって旨味の奔流の直撃を喰らう。定食ということでご飯と味噌汁ももちろんついているのだ。あぁ、食べたい! 猫舌なんていってられない!
「いただきます!」
いうや唐揚げにかぶりつくヨシダくん。不思議と美味しいものを食べると笑顔になってしまうのは人間の本能らしい。僕ぐらいになるとにおいだけで頬がゆるんでじゅるり。
「そうだそうだ。ゆーすけくん理由、理由教えてよ~」
ビールのおかわりを手酌で注いでいたカナコさんは、思い出したかのようにご主人に話をふる。
「理由? なんのですか?」
「ヨシダっち知らないの~? ゆーすけくん彼女さんと別れれたんだって。で、その理由を聞いてたとこなのよ~」
ヨシダくんはニヒヒと笑うカナコさんを、交尾中にも関わらずオスを殺そうとするというメスカマキリをみるような目でみた。
「だから結婚できないんスよ」
「なんだと~っ、童貞のくせして~っ!」
僕は心からヨシダくんに拍手喝采を送った。いいぞヨシダくんもっといってやれ。
〇 〇 〇 〇 〇
「まあ……」ご主人は舌で唇を湿らせた。「簡単にいえば僕が一方的に悪いですよ」
二人はおとなしくご主人の言葉に耳を傾ける。
「彼女とはもう付き合ってから八年ほど経っていたんですけど、ずっと待っていてくれたのに、ずっと僕がプロポーズできなくて。それで先週彼女から、これ以上待たされるぐらいなら、別れて欲しい、といわれました」
「それで別れちゃったの?」
「……はい」
「もしかして彼女さんのこと、そこまで好きじゃなかったとかッスか?」
「いやいや、そんなことない。大好きだったさ。でもヨシダくんも考えてみてくれよ。彼女だってもう二十八歳だ、これ以上待ってくれなんていえるわけないだろ。結婚の決意が固まらない僕が悪いんだよ」
「それでなんで別れるになるのよ~、そこで結婚してくれっていえばよかったじゃない」
「そうッスよね、なんでプロポーズしないんスか?」
ご主人たちはなにか小難しい話を始めだした。猫の僕にはよくわからない人間関係という奴らしい。
“ったく、人間ってのもめんどくせー生き物だよな。なにをするにも後先を考えなきゃならねぇ、こういう場面に遭遇すると俺は心底猫として産まれてきて良かったと思うよ。自由気儘にのんびりと、これが猫の本懐ってやつだ。”
先輩はなんらかを理解しているらしい。さすがだ。
“哲学の話ですか。僕には難しいです。”
“恋愛の話だろ? お前がものを知らなすぎるだけだ。”
怒られた。確かに僕は無知なところがある、もっと勉強しなくては。
“人間ももっと俺らみたいに単純な恋愛をすりゃあいいんだよ。見惚れた女のかわいいケツを、俺たち男が追っかけ回す。なにも難しいことはない簡単なことだ。しかしそれができない、生物としてもっとも進化した人間の、進化しすぎたゆえの不便さだよな。”
僕もかわいいお尻を追っかけまわすのは大好きだ。しかし生物だとか、進化だとか僕には想像すらできないようなこともいっている。
やはり哲学の話ではないか? 哲学とはなんぞやと訊かれても、まったく答えられないのだけれど。これ以上頭を使うと知恵熱が出てしまいそうなので、僕は仕事に戻ることとする。わけのわからないことを考えている時間があれば、一人でもお客を招きたい。
「僕だって何度もプロポーズしようと思いましたよ。でも僕にはこの店しかない……売り上げもすくなくて、繁盛しているとはとてもいえないこの店しかないんです」
ご主人はすこし語気を強める。怒っているのだろうか、売り上げがすくないのも繁盛していないのもすべてお客を招けていない僕のせいだ。
元気がないのはわかっていたが、そんなに怒っていたとは知らなかった。本当に申し訳ない。
僕は招いた、客を招いた、それしか能がないのだから必死に左手を招く。
「いいじゃないこの店だけでも~、とても素敵な店だと思うけどな~。お酒も料理も美味しいし」
「そうッスよ、ゆうすけさんはまだ若いのに立派だと思うッス」
「ありがとうございます。でも現実的には貯金もほとんどできないような生活をしているんです。僕だけなら……僕は好きでやっていることだからいいんです。だけど……彼女は、彼女には幸せになって貰いたい、今の僕じゃ彼女を幸せにできない」
ご主人の表情はみるみる悲しいものとなってしまう。僕がお客を呼ばないと、彼は元気になれないのだ。
“頼む、来てくれ、お願いします。”
さっきからずっと招いている店の前のお客は、入りそうでいて一向に入らない。だからといって立ち去るわけでもなく、入るか否かずっと心が揺れているようだった。
「なにそれっ!」
カナコさんはバンッと両手で机を叩く、食器がガチャンと音をたて、グラスに残ったビールが揺れた。
「ゆーすけくん、彼女さんの気持ち考えたことあんの? ほんとに彼女さんのこと想ってそんなこといってんの?」
「……カ、カナコさん?」
「ほんとは彼女さんのこと好きじゃなかったんでしょ?」
「好きでしたよ、本当です」
「ほんとに?」
「はい、本当ですよ。今だってずっと好きなんですよ」
「カ、カナコさん落ち着いて」ご主人に掴つかみかかっていきそうなカナコさんをヨシダくんが止めに入る。
「じゃあなんでそんなことになるわけェ? お互いずっと好きなのに別れちゃうとかさ~」
「え……お互い?」
「客が来ない店だから? 貯金もできない生活だから? 貧乏だったらなんだってのよっ! 相手を好きだって気持ちが一番大事なんじゃないの!? 挙げ句に僕は彼女を幸せにできないだァ? 彼女さんの幸せをお前が勝手に決めてんじゃねーよこのクソ真面目っ! あんなに可愛い彼女さん泣かせてんじゃねーっ!!」
僕は無我の境地に達していた。周囲の音もシャットアウトされ、お客を招く力、ご利益が視覚化して見える。もしかするとこれがゾーンというものなのかもしれない。
“来てくれー!! お客さーん!!!”
僕の大声に呼応するかのように『千客万来』の大判は淡く暖かい光をはなつ。それは毎朝磨りガラス越しにみる太陽の光に似ていて、僕は安らぎさえ覚えた。
その無数の微粒子が僕の全身を覆い尽くしながら上昇し、僕の左手、このひと招きのために結集する。
淡く輝く左手は、虚空に美しい弧を描き、たった一人のお客を招くーー。
「…………っ!!」
ーーご主人は今、何を想うのか。
僕がやっと招き入れたそのお客は、なぜかボロボロと涙を流し、泣いていた。
「……ゆーすけェ…………バカァ!」
「マヤっ!」
“あっ! 行かないでお客さん!”
集中が途切れ、周囲のさまざまな情報が僕の五感を通して伝わってくる。
やっとの想いで招いたお客は、ご主人に罵声を浴びせて走り去ってしまった。まったく失礼な客である。
そんな客は初めてなわけで、さすがのご主人も茫然自失としている。ただその背中を見送ることしかできない。
「ゆーすけくん何やってるの!?」
「え……」
「え、じゃない。早く追いかけなさいっ!」
「早く行って下さいゆうすけさんっ! 俺、ゆうすけさんに憧れてんスから、カッコいいとこ見せてくださいよ!」
「いや、でも、店が」
「どーでもいいでしょそんなこと! だからクソ真面目だっていってんのよ。私たちが残っといてあげるから、早く彼女さん連れて戻ってきなさいっ!」
「……っ! ……すいません、ちょっと俺、行ってきますっ!」
ご主人は大慌てで店を飛び出した。あの女のお客を追いかけるのだろうか、見上げた商売根性である。見習わねば。
それとも、先輩のいう恋愛というやつだろうか。
だとすれば、ご主人は僕らと同じ方法をとるようだ。
先輩もいっていたじゃないか。恋愛なんて、女のケツを男が追っかけ回していればうまくいくものなのだ。
“先輩……僕、お客を招くことができました……よね?”
“ああ、お前にしては上出来だろーよ。”
見上げた僕の左手にはすでに光はなく、いつもの僕の手に戻っている。視界の端でキラキラと一瞬輝いたのは、霧散した粒子の残りかすだろうか? このかすかに残る太陽のような残り香も、今となっては気のせいだとさえ思う。
“でも……お客もご主人も出ていっちゃいました。”
“いいじゃねーか、姉さんたちがお膳立てはしてくれたんだ。旦那もこんなチャンスを棒に振るようなバカヤローじゃねーだろ。”
“これが恋愛ってやつなんですか? 難しいです。”
“お前もいずれはするんだろ? 恋愛ってやつをよ。”
“そうなんですかね? よくわからないです。”
“よし、いざというときのために俺のマル秘テクを教えといてやる。いい女を見極める技だ。”
“はあ。”
“女を見極めるためには……肛門を嗅ぎわけろ。”
“あ、もういいです。”
くだらない話を訊くよりも、今は初めて招けたお客の感覚を噛み締めていたかった。
“バカヤロー訊いとけ、損はさせねーよ。”
どうやら訊かないとダメらしい。
“いいか? 臭いやつはもちろん論外なんだが、いいにおいがする奴もやめておけ。手入れのしすぎで口がくさい。ちょっと臭いくらいがちょうどいいんだ。”
変態……間違えた。先輩は最後までいいきると、開け放たれた出入口へと目を向けた。駆け出していったご主人のことを想っているのだろうか? しょうもない話をしたあとで、よくあんなに清々しい顔ができるものである。
でもまあ今はどうでもいいか。小さなため息を一つ吐くと、僕も先輩に倣ってそちらに視線を向ける。店でご主人の帰りを待つ、これも僕らの仕事の一つだ。
店内では残されたカナコさんとヨシダくんが、互いにビールを注ぎあって呑み直しているところだった。
「カナコさんも良いところあるんスね」
「なんだと~ヨシダっち、今頃かよ~」
「見直したッスよ。カナコさん、人の恋愛を破滅させることを生業にしている人だと思ってたッスから」
「生業て、おいおい~いい過ぎだぜボーイ。むしろ成立させるウエディングプランナーだから、これが本職みたいなものなの。減らず口ばかりたたいていると童貞奪っちゃうぞ!」
「いやいや、なんでさっきから俺のこと童貞だと決めつけてるんスか!?」
「おいおい~もしかして素人童貞は童貞じゃないとでも思ってんの~?」
「最低だこの人、見直したとかいって損した」
「どうせゆーすけくんたちも今日はヤるんだろ~、私たちもヤっちゃお~ぜ~!」
「初めてが三十オーバーだなんて死んでもやだっ!」
「あ~童貞って認め……って誰が三十オーバーだクソガキっ、私はまだ二十九だっ! って泣いてんじゃねーーっ!! 泣きたいのはこっちだよー!!」
カナコさんの悲痛の叫びは、春の美しい満天の星空に向かってどこまでも響いてゆくのだった。
〇 〇 〇 〇 〇
僕が暮らしているのは居酒屋「六助」
小さな町の小さな居酒屋だけどここでの生活は悪くない。
営業時間は夕方六時から深夜二時、個性豊かな客も多いけれど、真面目なご主人の作る料理の味はこの僕が保証する。
六助と書かれた提灯を目印に、藍色の暖簾をひとたびくぐれば、二匹の招き猫とご主人が元気に笑顔で出迎える。
そうだそうだ、最近人間の女が一人増えたのを忘れてた。
僕は三毛猫招き猫、この手でお客を招く猫。
今夜はあなたを招きたい。
了
小説が好き!の会 【小説に限定した読書会】
小説について話したい、でも周りに小説について話せる人がいない。うまく話せる自信がない、それでも好きな小説について話したい。 そんな人たちのためのくつろぎの場所、それが「小説が好き!の会」です。 小説というのは音楽や映画と違って共有することが難しいかもしれません。だからこそゆっくりと時間をかけて、好きな小説を読んで感じた何かを、少しだけ誰かに話してみませんか? 誰かの感じた何かに触れてみませんか?
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