第14回12月15日のレポートです!

 冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず。

 今冬の初雪はまだお目にかかれていませんが、寒さは日に日に増してゆきます。皆さま、体調を崩されてはいませんか?

  枕草子の冒頭、冬の句。冬は早朝の一番寒い時間帯が、最も美しいときだとあります。四季の移ろいを肌身で感じることのできる日本。寒い冬だからこそ、いつもよりも少しばかり早起きをして、日本の冬の寒さを楽しんでみてはどうでしょう。

  白い息は儚くも虚空にとけ、まだ暗く星輝く早朝の空は遠く、肌をさすように冷たい風が頬を撫でてゆく。ベランダから、寝室の窓から、かわりばえのない景色のなかに、一日の始まりをみつけてみるのもたまには良いものです。今年も残りわずか、皆さまの一日々々が良いものとなるよう、夜空へ消える吐息に想いをのせて僕は日の訪れを見詰めます。

  平成最後の12月、今年最後の読書会。皆さまのご助力のおかげで、今回も無事に開催することができました。

  場所はやはり「小説が好き!の会」のホーム、秋葉原『BOOKS』さん。参加者さまは計31名、今年一年を締めくくるに相応しい素敵な読書会となりました。紹介された小説は、純文学や海外小説、エンタメやライトノベルと、実にジャンル豊かで「小説が好き!の会」の特色が色濃くでたのではないでしょうか?(紹介された小説については、紹介された小説の一覧をご一読ください)
 素敵な場所で素敵な皆さまと素敵な小説の話ができる。これほど幸福なひとときがいったいどれほどあるでしょう?

  時よとまれ! そう思ったことが幾度あることか。楽しい時間は一瞬で、しかし美しい記憶としていつまでもとどまり続ける。その積み重ねこそが人生なのだと、僕はときどき思うのです。

  今回も初参加の方が8名ほどみえました。限りある人生のなかで、小説が好きというだけの共通点を通じて知り合えた方々。本来出会うはずのなかった人の言葉が、僕のこれからの人生の糧となっていくことでしょう。

  読書会は5班に別れての実施となりました。まずは自己紹介から。自分の名前といまの率直な気持ちを話していただきました。それともう一つ。今回は好きなキャラクターについて。 

 今年最後の読書会での自己紹介トーク。お題が好きなキャラクター……理由はスマブラが流行っているから……。

  スマブラだと僕はマリオかゼロスーツサムスをよく使います(Wii U)。リンク使いの友達が強すぎてなかなか勝てないんですよね……マルスのカウンターも怖い(Wii U)。ステージは終点、アイテム無しのガチバトルで夜通し遊んだものです(Wii U)。Switchでスマブラしたい……。

  はい、読書会の話に戻ります。

 皆さまがご紹介してくれた小説はどれも面白そうなものばかりでした。作者名すら知らなかった海外小説や、有名だけど読んだことのなかった小説。クリスマスが近いからと、クリスマスにちなんだ小説を持ってきたというお洒落な方も。悔しい、その発想はなかった……僕もお洒落だと思われたい! 

 ジャンルも年代も違う小説でしたが、小説に対する想いは一様で、これが面白い! これが好きだ! という気持ちが僕の心を暖めてくれます。聞けば聞くほどに小説を読みたくなって、今年中にあと何冊読めるだろうかと考えてみたり。班のなかでの紹介が終わると、全体に共有する時間をもうけて一言づつの紹介。他の班ではどんな小説が紹介されたのかな? と耳をすまして聞き入りました。 

 後半は班を替えて再度グループ紹介。人が変われば小説も変わります。読書家にとって好きな小説は名刺のようなものだと個人的には思うのですが、個性豊かな小説たちにいろんな人がいるんだなぁと、改めて感じたりしてました。僕自身、そうとうな変わり者だけど。

  最後にまた全体での共有の時間をつくり、読書会は終了。二次会はいつもの『甘太郎』さんへ! 今年ももう終わりですからね、二次会というより忘年会といったほうがいいでしょうか? 

 二次会改め忘年会には、過去最大27名が参加。人が多すぎてびっくりしますが、喋り足りないことはまだまだあって、どれだけ喋っても話題は尽きず。それはもう積ん読本と同じようなものなのかもしれません。

  参加者の半数以上が三次会まで残り、お酒の弱い僕は夢の世界へ一人旅、やがて夜は更けてゆくのです。そんなこんなでお別れのとき。皆さま、よいお年を!



         ~次回告知~ 


「あけおめ読書会、開催日決定!」

  新年最初の読書会は1月12日に決定いたしました。場所は秋葉原『BOOKS』さん。開始時間は13時15分からとなっております。

 また、今年の1月にも行われた「BOOK of the year 2018」を開催します。

 2018年に読んだ小説のなかで、最も面白かった一冊を紹介する企画です。2018年に出版された、ではなく、2018年に読んだ小説なので、次回も幅広い小説が紹介されると思います!
 リピート参加の方は、すでに紹介した小説でも構いませんので、No.1小説のことを思う存分語ってください! 

 詳しくはPeatixの「小説が好き!の会」をチェック! 



  ここからはいつものごとく小説パートに移ります。いつの間にか、レポート担当である僕、コウイチが短編を書いて載せることになっていたのですが、たまには休ませろ! っと、ボイコットしたところ、主催のダイチさんが「じゃあ俺が書くよ」といってくれたので、そういうことになりました。 

 でわでわ皆さま、今回の小説パートは必見です! 我らが主催、ダイチさん渾身の短編小説を今年の読書納めにぜひご一読くださいませっ!
 それでは、どうぞ。    




小説の前に!

こんにちは。こんばんは。「小説が好き!の会」を主催しているダイチです。

いつも来て頂いてる方、たまに来てくれている方、興味を持ってこれを読んで頂いている方、いつも本当にありがとうございます。

今回はだいぶ前から、実は今年最後のレポートは私が書くことは決まっていました。毎度毎度月に一度コウイチくんに小説を書いてもらっているのが申し訳なくて。いや、彼が好きで書いているんだけど。まあでも。昔書いた小説がいくつかあって、それで適当にお茶を濁そうかと思っていたら、ふと降ってきたものがあったので、書き下ろしてみました。書き下ろすって格好いいですね。はい。

そんな格好良さを期待しないで、肩の力を抜いて適当に読んでもらえると助かります。

ちなみに、この日の読書会のBGMは12月は恋の季節ということで、ラブソング特集でした。最近解散した某ガールズバンドの失恋ソング「染まるよ」が評判が良かったですね。あと俺が激推しの台湾のバンド、エレファントジムも!

新年はもうちょい読書会に集中できるような選曲します。

そんなわけで来年もどうか「小説が好き!の会」をよろしくお願いします。正直、皆様のおかげで認知度も上がり、集客には苦労しなくなってきたので、会の内容の改善を図っていきたいと思っています。ゆるりとご期待ください。

それでは読みたい人だけ読んでください。私が書いた小説です。


『お酒が好きな僕らのお酒を挟まない関係』

「しまった」と思わず声に出していた。周囲にいるバスの乗客たちが、僕の声に反応して、ピンと同じタイミングで頭が少し動く。混み合ったバスの中で、男が一人で声を出したら、反応してしまうだろう。僕は恥ずかしくなる。そして今の時刻を確認する。だめだ、間に合わない。今から家に戻っていたら、観たい映画の時間に遅れる。今日見ようと思っている映画は、上映終了間際なので、午前の回しか、もうやっていない。絶対需要があるはずの映画なのに、縮こまったように朝一番の時間に押し込められているのはなぜなのだろう。不思議で仕方ないが、この手の冷遇を受けている映画は後を絶たない。

 鞄の中の読みかけの文庫本はもう30分もあれば、読み切ってしまう。そのあとに読もうと思っていた本を家に置いてきた。なぜか会社の他部署の部長が、会社のエントランスで久しぶりに会ったときにかしてくれた小説があって、一ヶ月近く本棚に無造作に突っ込まれたままで、次に読もうと思っていたのだ。この、読む本が手元にないときの、なんとも言えない心もとなさが僕はとても嫌いで、なぜ出かけるときにちゃんと鞄に入れなかったのか悔やまれて仕方ない。とりあえず、読みかけの文庫本を鞄から取り出して開くが、集中できなくなっている。文章を目が追うだけだ。頭に入ってこない。

 気持ちを切り替えるために、腕時計を確認するが、どうやらバスは思ったよりも進みが悪いらしく、駅にどれくらいで着いてくれるのか不安になる。スマホで電車の時間をいくつかのパターンで検索して、なんとか映画の時間に間に合いそうだと、ほっとする。思ったよりも時間の余裕がある。しかしそこで、あれ、これは本を家に取りに行く時間ぐらいあったのではないかと気づく。バスの外を見慣れた風景が流れていくが、今から引き返したらという思いが巡るが、打ち消す。さすがにここからでは、もう遅い。

 夜は飲み会の予定が入っている。映画を見た後、どこかで本を読もうと決めていたのに、その予定を変更するか、本屋に寄り新しい本を手に入れるか迷う。


「ねえ、なんでそんな駅から離れた場所に住んでるの?」

 彼女にそう聞かれると僕は困ってしまう。便利さばかりを求めると何か失うような気がして、あえて遠い場所に住んで不便さを享受しているとコーヒーを啜るが、なんてことはない。駅から遠いほうが家賃が安いからだと本音を漏らす。

「それでバス代とか移動にかける時間とか考えたらマイナスじゃないの?」

 確かにそう思うときもあるが、それでも広さとか設備の良さとか家賃の安さとか天秤にけると、今の物件は良いんだよなあ。

「ふーん、まあ、いいけど。それで映画、面白かったの?」

 彼女に聞かれて、いやはや最高でしたよ、なんであんな朝しか上映が許されていないのか、都内でたったひとつの映画館しか扱っていないのか、もはやそうやって価値を高めているのかと疑うぐらいだったよと頷く。

「そっかあ、気になっていたけど。明日見に行こうかなあ。でも美容室の予約入れちゃったんだよなあ」

 髪なんかどうでもいいでしょう、映画見ましょうよと僕は推す。

「いや、このタイミングで髪切らないと、後々大変なのよ。どうせ、パンフレット買ったんでしょう? 見せてよ」

 僕は、え、観る前にパンフレット読む派なの?と驚く。

「え、いや、まあ、うーん、いいや、うん」

 彼女はぼそぼそと自分の声を消していった。僕はそんな彼女を見ながらコーヒーをまた一口啜った。ブラックコーヒーの表面に僕の唇から移った油が浮いている。なんでこういう無駄なものって目立つのだろう。

 彼女が選ぶ喫茶店はいつも空いている。ここだって多少裏路地に入ったとはいえ、新宿駅からそう離れていない。それなのに、40席ぐらいある席は3分の2程度しか埋まっておらず、満席になる様子はない。コーヒーは不味くない。店だって清潔感がある。誰かと話すにはもってこいの場所だ。こういう穴場を見つけるのが彼女は得意だった。そして本に対しても。

「にしても、私に予定がなくてよかったわね」

 少し得意げに彼女は笑った。そして二冊の本を鞄から取り出して、そっと差し出してくる。文庫本だった。僕は、本当にありがとう、助かりますと丁寧に礼を述べる。そして差し出された本を手に取り、しげしげと眺める。作家の名前は知っているが、聞いたことのない小説。作家の名前さえ知らなかった小説。にやと僕は笑った。

「お礼はここの喫茶代でいいわよ」

 喫茶代という言い方が会社で領収書を切るときに使う言葉と同じで僕は内心で笑った。

 彼女は通りすがりの店員を呼び止めて、「あ、このパフェひとつ」とメニューを見ながら頼んだ。わざとらしく気づいたように僕のほうを見て「あ、あなたも食べる?」と聞くが、僕は首を横に振って答えた。

 甘いものは苦手だ。これまで何度か彼女とこうして喫茶店で会ってきたが、一度もコーヒー以外のものを頼んだことはない。それでも毎回儀式的に彼女は僕に甘いものを食べるかどうか聞いてくる。毎回僕は首を横に振る。

「あ、それで何を今日読み終わったの?」

 僕は鞄から今日映画を観る前に読了した本を彼女に差し出す。彼女は興味なさそうに受け取り、ぼんやり眺めてから、当たり前のようにページを開く。そして僕は置いて行かれる。僕は二冊の本を見て、少し迷ってから名前さえ知らなった作家の本を手に取る。腕時計に目を落とすと飲み会まで、あと4時間。本の厚さを手に感じながら、きっといいところで本を閉じて、やや苛立った気持ちで飲み会に赴くだろうということを予想する。


 いつから僕はアルコールがないと楽しく話せなくなったのか。アルコールが入った状態ではないと打ち解けられなくなったのか。大学のときから、懇親と名の付くものには当たり前のようにお酒が出てきて、社会人になってからは懇親と名前がつかなくても食事にはお酒がつくようになり、アルコールが間にないと、なんだか本当の会話ではないような気がしている。そのことを、あのときの、友人に呼ばれただけの飲み会で、僕は酔った勢いのまま、語ったらしい。らいしというのは記憶が曖昧だからだ。会話はすべて雲のように流れていく。思い出は霞のようにぼんやりとしている。ビールからハイボールへ。ハイボールから日本酒へ。気持ちよく飲んでいたが、飲み会の終盤に間違えて席に届けられたビールを飲んでしまったのが運の尽きだった。だいだい毎回そうなのだが、アルコール度数を下げる飲み方は悪酔いする。なぜかわからない。調子よく上げていたものを手を離したように下げるのがよくないのかもしれない。それで僕は心の壁が下がった状態になり、妙な持論を吐き出したのだ。そのとき近くに彼女がいた。彼女も僕と同意見だった。自分たちはいつからこうなってしまったのか。アルコールのないコミュニケーションでは関係を築けなくなってしまっているのかと議論した、らしい。記憶の片隅に、というよりは空洞になった真ん中に印象だけ残っている会話が、飲み会の翌日に彼女から来たメールによって、ノックされた。「お酒を飲まないで、話してみませんか」と。話した会話どころか相手さえも忘れていた僕は何のことかわからなかった。ノックされたものの、ドアを開けたくはなかった。既読スルーという得意技を使ったが、さらに翌日「忘れてますか?」から始まる「あなたが酔っていたので、もしかして覚えていないかもしれませんが、あの日、あなたがいつからか酒がないと個人的な関係が築けなくなっていると豪語し出して、それで私が大きく頷いたら、お調子に乗られて、破竹の勢いで、お酒がなくても会話ができるのに、とりあえず盃を交わすこの文化は、いやそれよりも自分がお酒が好きだから、お酒好きじゃない人とは仲良くなれない気がして、手っ取り早く線引きして切ろうとしているのか、みたいに自問自答し始めて、途中から私が意見を述べさせて頂いたら、わかります、わかりますと連呼し出して、つまるところ、お酒が好きな私たちはお酒抜きだとどんな会話をするのかという話になって、とりあえず趣味はなに?みたいなもうこれ合コン?みたいな会話を始めて、読書という共通点がさくっと出てきたので、どんな本読むの?みたいな話になって、うやむやになっていき、途切れちゃいましたが、お酒入れないで話してみません?ちなみにこれもお忘れだと思いますが、本の話になったとき私の友人が伊坂幸太郎の全盛期は過ぎたみたいなことを言い出したら、あなた、食って掛かって、伊坂幸太郎は常に全盛期なんだよ!とかなり強めに主張していましたよ」という長いメールが来て、僕は、え、なにこれ、めっちゃ恥ずかしいやつじゃん、自分、と思ったままを送り返してしまい、「ええ、あなたはどうしようもなく恥ずかしいやつでしたよ、あのとき」と返信が来て、初対面のやつにそんなことを言われたくないと思ったが、考えてみれば初対面でもなく、どうにでもなれという気持ちで、いいですよ、会話してみましょうと彼女の誘いに乗ったのだった。とりあえずあたり障りないところでと思い、日曜日の昼の15時に品川のスタバで待ち合わせをしたが、スタバが良い感じに席が空かず、僕らは茫然として、なぜか品川プリンスホテルの上のほうにあるラウンジカフェみたいなところに行くことになり、やたら景色の良い空間で、階数と同じくらい高いコーヒーを飲みながら、おずおずと話し始めた。もう既にお酒が飲みたい。こんな景色が良くて、夜はバーになっているだろう空間にいて、もうお酒が飲みたいと最初から感じていたが、彼女も同じ思いだったらしく、「なんかお酒飲みたくなりますね」と言い出してきた。僕は頷いて、そうですね、飲みたくなりますねと同意しながら、これはもしや普通にお酒を挟む流れになるのではないかと期待したが、そうはならず、コーヒーを飲みながら本の話を2時間ほどして、終わった。当たり前だけど、お酒がなくても会話はできるし、盛り上がりもする。そもそも彼女とは話が合った。本の趣味趣向は多少噛み合わないところはあったが、読書に対してのスタンスが似通っているようで、同じレベル感で話せている印象を持ったので、単純に楽しかった。別れ際、なぜか彼女が今読んでいるという小説、つまりまだ読了していない小説をかしてきたので、僕も流れで今読んでいる小説をかしてしまった。自分としては初対面のような印象だったのに、自分の読書を彼女が引き継いでくれて、自分も彼女の読書を引き継いだような気がして、不思議な高揚感を持って、終わった。まるでお酒を飲んで会話したような気分だった。 

 それから半年が経った。僕らは2週間に一回ぐらいのペースで会っている。読んだ本の話や仕事の愚痴、時には会話せずにお互い本を読んでいるときもある。場所は一度目の失敗以来彼女が選んでくれる。

 初めからそうだったけど、僕らは読書に対してのスタンスだけではなく、人と接しようとするときの温度感のようなものも似ているのかもしれない。一緒にいることが全く苦ではなく、居心地が良かった。人と過ごすとき、何を求められているのか、どう応えたらいいのかと悩むことが僕にはある。それが彼女に対しては一切なかった。さばさばした物言いのせいかもしれないが、彼女はいろんなことの線引きがしっかりしているように思えた。そのおかげで僕はあまり遠慮なく、深い意味を込めずに彼女をお茶に誘うことができるし、彼女の誘いに乗ることができる。

 

 天気が良く気持ちの良い日曜日の午後、僕は混み合ったスタバで黙々と本を読んでいた。尿意を催したので、トイレに行こうとして立ち上がったところに、自分の視界の外からすっと女性が、突進してきたのではないかと感じるほどの勢いで現れる。虚を突かれた僕は目を見開いてしまう。「そこ空きますか?」と有無を言わせない調子で聞いてくる。僕は、え、と声を出してしまう。「ありがとうございます」と女性は言うが早いが自分のドリンクを、まだ僕の文庫本とドリンクが置かれた席に置いた。僕は、いや、あのトイレに行くだけで、と伝えようとするが、女性にはそんな僕の言葉は届かないのか、「あ、はい、本当にありがとうございます」と言いながら、もう席に座ってしまった。呆気にとらえていると、女性は僕のことをきょとんと、なぜまだこの人はここにいるんだろうという目で見てくる。僕は文庫本を鞄に入れ、ドリンクをゴミ捨てのところまで持っていき、そこでもう冷めていたコーヒーを一気に飲み干してしまうとトイレを使わせてもらってから大人しく外に出た。

「その女の人、いくつぐらい?」

 先週スタバであった理不尽なことを彼女に語ると、彼女はそう聞いてきた。

 僕は思い出そうとする。もちろん鮮明な出来事だったので記憶には新しいが、ちょっと衝撃的でもあったので、記憶が曖昧になっている。僕を見るきょとんとした目ばかり思い出されて、そこから年齢を推測することができない。

 多分、と僕は切り出しながら考える。40代ではあると思うんだよね。

「まあ、その図々しさはそれぐらいじゃないと身につかないでしょうね。人の話を聞かない人、たまにいるよね」

 僕は激しく同意しながら、コーヒーを啜る。ここのコーヒーはとても美味しい。酸味のバランスが素晴らしい。今話したスタバでの出来事と対照的で、清々しいぐらいの美味が僕の口を軽くしてくれる。

 これまた混み合っていない、新宿の外れの、喫茶店というよりは少し手狭なコーヒースタンドのようなところに彼女は連れて行ってくれた。待ち合わせ場所が西新宿駅だったので、多少なぜそんなところに?と思いながら、僕はのこのことやってきたが、もう今日はこのコーヒーを飲めただけで幸せだった。

「そんなべた褒めしなくても」

 彼女がそう言うがこういうことは褒めても褒めても褒め過ぎることはないと常日頃から僕は思っている。

「コーヒー一杯でよくもまあそんなテンション左右されるわね、お酒でもないんだし」

 いや、お酒よりも左右される気がするよ、と僕は食い気味に返した。

「そうなの?お酒のほうが、美味しいやつは本当美味しいじゃない」

 いやそれは違う、と僕は断固反論する。お酒はある程度気を付けていれば、そう不味いものにあたることはない。でもコーヒーは気を付けていても思わぬところで不味いコーヒーを飲まされることがある。そのときのテンションの下がりようと言ったら、猿も木から落ちるほどだよ。

「その使い方あってる?」

 それで本当に美味しいコーヒーとの出会いと言ったら、貴重も貴重過ぎるし、稀だし、なんだろう、馬が天にも昇る気持ちだよ。

「そんな言葉ある?」

 実際のところは、コーヒーってお酒ほどまだ自分にとって好みを完全に把握し切れてないからなんだろうね。未知と遭遇しているような、なんか試しに手に取ってみたらめちゃめちゃ好みだった小説と出会ったときのような感覚を味わえるからなんだろうなあ。

「なるほど、ちょっと伝わってきたわ」

 彼女は呆れている様子だったが、僕は自分の好みであることが間違いないコーヒーに出会い、少しテンションがおかしかったので気にしなかった。

 カウンター席しかなく、椅子にも背もたれがないパイプ椅子が並んでいるだけの店だったが、長居して二杯目のコーヒーを飲むことを僕は決めていた。

「興味本位で聞くんだけど……」

 うん、と僕は頷いて見せた。

「これはデートなのかな?」

 ん? と僕はきょとんとしてしまう。

 デートの定義ってなんだろうとまず考えようとするが、やめた。人それぞれのレベル感でとんでもない幅がありそうな気がする。

 ようは、当事者がデートだと捉えているかどうかなのではないだろうか、と僕は思って、そのまま口に出していた。

「なるほど。そりゃそうね。外野が何を言っても関係ないもんね」

 外野?

「いや、会社の同僚に、あなたとの関係を話したら、付き合っているの?って聞かれて、つまり恋人として。そうじゃないと思うって言ったら、2週間に一回はデートしてるのに?って聞かれて、デート?あれデートなのか?って思って」

 もし男女二人でどこかに出かけることをデートと呼ぶなら、そうだろう。これはデートになる。そうなるとこの半年僕らは結構な数のデートを重ねてきたことになる。

 そこで僕は気づく。お酒を挟んでいないからだ。彼女の本の好みはかなりわかってきたが、お酒の好みは二人で一度も飲みに行ったことはないから、わからない。ワインが好きなのか、日本酒が好きなのか、焼酎が好きなのか。辛口を好むのか、甘口のほうがよいのか。お酒が好きだということは知っているが、どのような酒の、どのような味をどれほど愛好しているかは全く知らなかった。それで僕は僕らの関係が発展していないように感じている。多分、僕にとってデートというものは相手のそういうものを知っていく行為なのかもしれないと思った。

「あー、なるほど、その感覚わかるかも。基本お酒を飲みに行く感じね。ちなみに最後にデートしたと思っているのは?」

 聞かれて僕は考えるが、そう遠くはない過去にあった。

 1年ぐらい前かなあ、付き合っていた女の子と別れたのはそれが最後だったし、別れ話をしたのも飲みながらだったと記憶していたので、その通りに答えた。

「なんで付き合ったの?」

 え?と僕は驚く。

「え?」

 彼女も僕と全く同じような声を出して聞き返してきた。

 いや、あのさ、普通になんで別れたか聞かない?ここは。だって今別れたくだりの話をしているのに、と僕は言うが、彼女は笑い出して、

「いや、なんか別れた理由は想像がつくからさ。この人なら、付き合ったときのほうが絶対ハードル高いよなって思って」

 え? なんかそれ失礼じゃないかと思うが口には出さず、むっとした気持ちを美味いコーヒーでかき消しながら、ピザを隠したことが気に入ったらしいんだ、と答える。

「ピザ?え?」

 うん。ピザ。

「え?ビザ?」

 いや、ピザ。丸くて切り分けるピザ。

「なにそれ?」

 いや、なんかいつも行くバーで飲んでいて、満席状態で、隣に見たことない知らない女性客がいて、結構酔っぱらった普通に話し始めて、そのバーに初めて来た客であることがわかって。

「うんうん」

 彼女は僕の話に相槌をうつ。僕は話を続ける。

 そんな折に、日付を越えたあたりで、そのバーにいたある常連が今日が自分の誕生日だと騒ぎだしてさ。もちろん、その場にいた全員おめでとうモードになるじゃないか。そしたらその常連さん、出前でピザを頼んだんだよ、みんなで食べようって。それでみんな俺の誕生部を祝ってくれって。

「うん」

 で、そのピザを僕が隠したわけ。レタスの下に。

「うん?レタス?」

 いや、まあ、ごめん。ちょっとはしょった。なんかさ、届いたのが激辛ピザだったんだよ。馬鹿にならないくらいの。ネタにならないくらいの。最初はみんな面白がって食べていたんだけど、一口食べたら押し付け合うようになって。僕にも一切れきたんだけど、一口でギブアップなわけ。でもその常連さんが、食べたか!って聞いてくるからさ。彼が目を離したすきに、食べていたサラダのレタスの下にそっと隠したんだよ。それがその隣で飲んでいた女の子にはツボだったらしくてさ、なんか知らないけど急に距離を詰めてきてさ。まあそんなんで仲良くなって、何回かデートしたら、流れで付き合うことになったけど、と語りながら、もう僕には彼女が呆れ返っているのがわかっている。その空気をひしひしと感じていたので、尻切れトンボのように、まあ、そんなピザから始まった恋なんて長くもたないよね、と締め括る。

「なんかさ」

 うん。

「思ったよりも、どうでもよい話だったわ」

 僕もそう思う。


 日曜日の夜に僕は月曜日から使う一週間分のワイシャツのアイロン掛けをする。アイロンを掛けているとき、皺を伸ばすように心が落ち着いていくのか、それともアイロンに時間が取られていることに苛立っているかで、自分の心の状態がわかる。7割くらいは苛々している。残りの3割はその前週に良いことがあったか、次の週に楽しみなことがあるかで大きく左右される。

「リトマス試験紙のようなもの?」

 珍しくハーブティーを頼んだ彼女がそう聞いてくる。僕は、まあそんなところかなあと弱く頷く。

「アイロン掛けって、多分したことないけど、そんなに苛々するものなの?」

 アイロン掛けじゃなくて、それに取れる時間に苛々するんだ、だってその分本とか読む時間が減るんだよ?と僕は強めに返す。

「なるほど。家事に時間取られて、本を読む時間が削られるのは、なんかわかる。うん」

 もし時間にとても余裕があったら、とても良い行為だと思うんだ、アイロン掛けは。

「なにそれ」

 皺を伸ばすってよくないか?なんか間違っていたものを直してくような感じでさ。

「うーん、わかるような、わからないような。いや、多分わからないわ」

 彼女の言葉が存外に冷たくて僕は閉口した。黙ってコーヒーを啜る。

 ふと気になって、いや注文したときから気になっていた、なんでハーブディーなのか、ということを彼女に聞く。

「いや、なんかちょっと最近カフェイン摂り過ぎな気がして。カフェインを抜こうかと思ってさ。最近はまってるんだ、ハーブティー。寝る前とかに飲むんだけど、よく眠れる気がして」

 なんか健康的だし、おしゃれだね。

「うん。でもさ、買ったやつのうちのひとつがタンポポとジンジャーのやつで、なんか不味くてさ。もったいないから、とりあえず飲み切ろうと思っているけど、結構匂いも独特で、寝る前に一気飲みしているんだよね」

 なんか思ったのと違う。

「別にあなたの思い通りにハーブティーを飲む必要はないでしょう」

 いや、そういうんじゃなくてさ。まあいいけど。

「ところで、映画のタダ券あるんだけど観に行かない?」

 映画? なんの?

「ジム・ジャームッシュの新作」

 ジム・ジャームッシュ?なんか名前だけは知っているような。

「まあまあ。いいでしょう? どうせ暇でしょう?」

 そう言って彼女は映画のチケットを差し出してくるが、僕は彼女の言葉に急に腹が立っていた。暇とはなんだ?僕ら本を好きな人種にとって暇という言葉はあり得ない、論外だ。時間を持て余すなんてことは僕らにはないはずだ、だって本があるんだから。僕の硬直した態度を察したのか、彼女はふと僕の目を覗き込んで、顔色を窺おうとしていた。顔色を窺う。それもなんだろう、腹が立つ。僕らの間に顔色を窺う必要なんてないはずなのに。

 気持ちを落ち着かせるためにコーヒーを一口飲んだが、それでも妙な怒りに囚われていた。そのまま残っていたコーヒーをすべて飲み干して、鎮めようとするが、落ち着かなかった。なぜこうも腹が立つのだろう。暇なんて、ありふれた、言葉なのに。

 彼女は話題を変えるべきか、いや何を言うべきか悩んでいるようだった。僕だってすぐに何も言葉が出てこない。僕らの間に、ただチケットがあるだけだった。

 そのとき店員が僕らのテーブルの横を通った。僕は呼び止めてコーヒーのおかわりを頼む。そしてチケットを手に取る。

 暇ではない、と断言した。でもいいよ、行こう。観てみたい。


 映画はとても良い出来のものだった。僕らは一番早く観れそうな映画館に行き、映画を鑑賞した。久しぶりに誰かと映画を観た。隣に知っている人がいる状態で見る映画というものに、慣れていなかった。こんな状態は何年ぶりだろう。いつ以来だろうと思って、記憶を遡るが、明確に思い出せるのは、大学生のときに、授業をさぼって、友人と観に行った映画だった。その相手は自分がなんとなく気になっていた学科の女の子で、どういう流れで、授業をさぼり、一緒に映画を観たのか覚えていない。ただ映画を観たあと、マックに入って、少し一緒に話した。それがとても楽しかったことははっきりと明確に覚えている。傷跡のようなもので、なぜか忘れっぽい僕にしては記憶の中から無くならないもののひとつだ。映画を観ながら、思い出していた。そのとき、時間も夕暮れで、緊張しながら、飲みに誘ったのを覚えている。でもその子は夜からバイトが入っていて断れてしまった。もしかしたらバイトは口実だったかもしれないと当時の僕は考えながら家に帰った。そのときの苦しさもよく覚えている。どこにも落ちていかない感情に支配され、帰りの電車のなかで本も開かず、買ったペットボトルのお茶のラベルをじっと見ていた。ふと彼女が使った「暇」という言葉が当たり前のようだけど本心からの言葉ではなく、きっと言葉の綾で、なんとなく使ってしまった言葉だったのだろう。映画を観ながら、唐突にそう理解した。でも、そう簡単にその言葉を使われてしまって、僕は、傷ついたんだ。勝手に裏切られた気持ちになったんだ。映画を観ながら、そう思った。

 映画館を出ながら、彼女と感想を交換し合いながら、僕の頭はここにはなかった。彼女がなぜ「暇」という言葉を使ったのか。なぜ僕がそれに傷ついたのか。ぼんやりと理解し始めて、少し胸が高鳴っていた。少し酔ったような高揚感が僕に訪れていた。

 彼女が時計を見てから、言った。

「どうする? 良い時間だけど、飲みにいく?」

 お酒を挟まなくても関係は発展していく。お互いの好みを把握することはできないまま。それは結局のところ、どうなんだろうか。僕と彼女の例はきっと特殊だったかもしれない。でも特殊ではない関係なんてあるのだろうか。個と個が出会うとき、いつだって、その個同士ではないと生まれない関係が生まれるように思う。お酒に酔って、つい口が軽くなって、心が軽くなって、生まれるものもあるだろう。ピザをレタスの下に隠したぐらいで生まれるものだってある。でも、なぜだろう。なんだか早い気がした。まだ時間をかけたい。僕は横を歩く彼女の顔を見た。目が合う。それで伝わった気がした。確信はない。言葉にしないと伝わらないことがあるのは知っている。本当はわかっていた。酔いの勢いを借りないと言葉にできないことがある。でも、きっと、それは早く訪れて早く去っていくものなのかもしれない。

「君とはまだ飲みたくないな。美味いカレー屋があるんだけど、そこはどうかな?」


〈終〉

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小説が好き!の会 【小説に限定した読書会】

小説について話したい、でも周りに小説について話せる人がいない。うまく話せる自信がない、それでも好きな小説について話したい。 そんな人たちのためのくつろぎの場所、それが「小説が好き!の会」です。 小説というのは音楽や映画と違って共有することが難しいかもしれません。だからこそゆっくりと時間をかけて、好きな小説を読んで感じた何かを、少しだけ誰かに話してみませんか? 誰かの感じた何かに触れてみませんか?